本研究は、発がん超初期段階においてRasV12発現細胞 (以下、Ras変異細胞) が肺で腫瘍化しやすい内的な要因の解明を目指す。これまでに、肺上皮にRas変異細胞を誘導すると、誘導から数日の間に体外の方向へ排除される一方で、上皮層に残存した一部のRas変異細胞が体内の方向へ逸脱し、異常な構造を形成することを明らかにしてきた。この構造では、周囲の上皮層が盛り上がっており、また活性化線維芽細胞や免疫細胞が集積していた。ドーム様構造と名付けた微小環境がRas変異細胞の腫瘍化に寄与している可能性を検討するため、本年度ではドーム様構造の形成メカニズムの解明を目指した。 ドーム様構造の形成に関与する遺伝子発現を検討するため、共同研究によりシングルセルRNA-seqを実施した。誘導から一カ月後のYFP細胞とRas変異細胞を肺組織より単離し、シークエンシング、遺伝子発現を解析した。これまでにドーム様構造のRas変異細胞で発現変動することが分かっていたE-cadherinとCox-2を指標に、解析により得られた複数のクラスターの中からドーム様構造由来のRas変異細胞と予想されるクラスターを特定した。さらに、特定したクラスターで特異的に発現している遺伝子を複数同定することに成功した。同定した遺伝子の中に、マクロファージを誘引することが知られている液性因子が含まれており、実際にドーム様構造を形成するRas変異細胞で高頻度に発現していた。以上より、ドーム様構造のRas変異細胞に特異的に発現している遺伝子を同定した。この他にも、ドーム様構造には主にマクロファージが集積していること、ドーム様構造のRas変異細胞はpartial EMTを起こしている可能性を明らかにした。 現在は、マクロファージや同定した遺伝子がドーム様構造に与える影響と、ドーム様構造の長期観察、さらにヒト病理切片での解析を進めている。
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