本年度は2軌道系を用いた近藤効果の量子シミュレーションに関連した研究として、局在原子が誘起するスピン空間における新奇な量子輸送現の研究を行った。スピン空間における量子輸送とは、局在原子との相互作用によって遍歴原子スピンの重ね合わせ状態が反転することを指す。これはメゾスコピック系における量子ポイントコンタクトを介した端子間の輸送と類似性があり、遍歴原子のスピン自由度、局在原子はそれぞれメゾスコピック系における空間自由度(端子)、量子ポイントコンタクトに対応づけることができる。 本研究では基底状態1S0、準安定状態3P0にあるイッテルビウム原子がそれぞれ遍歴・局在する光格子系を用いて上記の量子輸送系を実現した。そして国内の理論研究者と共同研究を行うことにより、準定常近似が適用可能な時間領域においてohmicな輸送であることを明らかにし、測定結果から輸送現象における基本的な物理量であるコンダクタンスを得た。数値計算と比較することで、実験結果を定量的に説明することに成功した。また、輸送ダイナミクスの多様な制御手法を確立した。具体的には、(1)原子の電子状態の動的な制御、(2)1S0-3P0原子間のFeshbach共鳴を利用した相互作用制御、(3)Blochベクトルの角度の制御を行い、理論との整合性を確認した。さらに、イッテルビウム原子が持つSU(6)対称性と呼ばれる高いスピン自由度に着目した、一次元3端子系であるY-ジャンクションを実現することに成功した。 以上の研究成果に関して国内の研究会で発表を行い、論文としてまとめ、国際学術誌に投稿した。また、冷却原子を用いた近藤効果の研究の第一歩となる1S0-3P0原子間スピン交換ダイナミクスの観測に関する研究についても論文を投稿した。
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