研究課題/領域番号 |
19J11842
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
張 韻チ 東京大学, 法学政治学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 過失相殺 / faute de victime / 被害者の過失 / 危険の引受 / 減免責 / 損害軽減義務 / 不法行為 / 債権者の過失 |
研究実績の概要 |
本年度は、フランス法を通時的に考察することで、日本の過失相殺論にとって有益な示唆を抽出することを主な課題とした。以下でかいずまんでその成果を紹介する。 まず、過失相殺の誕生期、19世紀後半では、一方、国内では、過失相殺の出現が産業の発展との間に強い関連性が見出される。労災と運送事故をめぐって被害者の過失による免責に代わり、「被害者保護のための」減責が行われている。他方、国際的取引の領域においても、船舶衝突を中心に多くの損害分配法が提出される中、フランスは「過失の程度による分配」を支持し、これを国際的な基準に統一させようと働きかけた。 次に、19世紀末1910年代にかけて、被害者の過失が「抗弁の事由」として責任法に定着した。適用の普遍化に伴って、学説は、要件論と効果論を精緻化し、「民事罰説」等を提出して正面から根拠論を敷衍している。1920年代以降は、判例に正当化説明を与え類型的に判断基準を明確化する理論が多く提出された。続いて、自動車事故が急増した1930年代以降は、交通事故における被害者の過失が解釈論の注目を集めた。無生物責任・自動車事故に特化した論点が多く現れ、根拠論として危険責任に基づく「自己に対する責任説」が提出された。そして、被害者の保護が重視される中、賠償を否定するために危険の引受を安易に適用することが批判され、危険の引受概念不要説が現れた。 その後の1970年代以降に日本にみられるような「過失相殺制限論と拡張論」の対立が現れたが、デマール判決と新交通事故法の出現で議論が収束した。1990年以降、判例と学説の関心が過失相殺の周辺的な問題へ転じ、判例は、不法行為における被害者の「損害軽減義務」を明確に否定し、契約責任における過失相殺適用を厳格化し、危険の引受に関して更なる適用を抑制しており、学説は、これらの展開を意識し、被害者に係る減責事由として理論的に組み込んでいる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、現代日本の損害賠償訴訟における過失相殺理論を構築することを最終的な目的としている。理論構築の際に、比較法の視点として母法及ひ子法の両方から示唆を得て、特に理論の発展と社会の発展との関係を解明することに重点を置いている。母法研究としてはまず、理論の原型として旧民法が継受した19世紀のフランス法を明確にし、その後の理論的発展及び、それをもたらした社会的状況を明らかにする(視角1)。次に、ドイツ法における、とりわけ2002年の債権法改正以降の理論発展とその背景を検討する(視角 2)。子法研究としては、過失相殺理論に関する、日本民法学が台湾民法学に与えた影響、とりわけ2000年代の台湾民法学に現れた日本法を参照する動きを追いかけながら、日本的解決の合理性を見定める(視角3)。 本年度(2019年度)は、学説史と重要な判例に対する考察を通じて今日の日本の過失相殺論の問題点を指摘し、研究の問題意識を抽出した上、母法であるフランス法に目を転じた。現在、[視角1]については、学説を中心とする文献収集が完成し、分析と考察もほぼ完成した。 また、[視角3]にかかわる子法である台湾法の文献収集を終えた。【2019年10月29日から2019年11月6日にかけて海外資料調査実施した。台湾大学総合図書館・法学部図書室・台湾国家図書館を訪問した】。 ちなみに、2019年3月5日から3月15日にかけて仏独を訪問し資料収集を行う予定であったが、新型コロナウィルスの感染拡大で出張を断念した。さらに、4月以降、国内外大学図書館の閉鎖などを受け、当分の間、新しい研究資料を手に入れることが難しい。そのため、来年度に取組む予定であった[視角2]の進行について支障が出かねない現状である。
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今後の研究の推進方策 |
1、フランス法研究を精緻化すること。フランス法については学説史に係る文献の収集と考察がほぼ完成したが、論文執筆している間、学説に言及された判例について網羅的に考察する必要性に気付いた。すなわち、学説を中心とした現在の分析は、時代ごとの理論構築の特徴をよくあらわすものであるが、その特徴と社会とはいかなる関係を有するかについて解明されていないところがあると思われる。したがって、これを解明するために、来年度は判例の考察を中心に学説が現れた社会的背景について更に詳しく研究する予定である。 2、台湾法の研究を完成すること。現段階では、台湾法に係る資料収集が完成した。台湾法における橋本説(とりわけ素因・労災事例における橋本説の適用)の重要性を垣間見ることができた。来年度は、台湾民法学において橋本説が好意的に評価されたのは何故かを特定し、過失相殺論にかかわる、台湾民法学における位置づけを明らかにする予定である。結果的に、(1、)に合わせて検討することによって日本的解決の適当性を母法・子法の両視点から見極めたいと思う。 3、ドイツ法研究の可能性を再検討すること。コロナ騒動が続ける中、海外文献の取り寄せと海外での文献調査がほぼ不可能となっている、来年度以内に(特に博士論文の提出期限までに)手元の資料でドイツ法についてどれほど解明することができるか、研究結果が公表できるほどの質量にまとめる可能性があるかを再検討する。ドイツ法研究の遂行が難しいと判断した場合、時間と経費を上記1と2に流して、完成性を高めることに努める。
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