今年度における主な研究成果は次の2点である: (1)今年度の課題である「クリシュナアーチャーリヤが構築した儀礼体系の伝統を明確化すること」を実現するため、彼が著した『グヒヤタットヴァプラカーシャ』及び『オーリチャトゥシュタヤ』を前年度に続いて取り上げ、先の研究成果に基づいて同文献の内容を中心に考究を行った。それにより彼の持つ「折衷的傾向」を明らかにすることができた。その成果の一部は1本の論文に纏めて公表した。 (2)今年度は新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、当初計画していた資料調査(国内)が行えず、加えて発表予定であった学術大会(印度学宗教学会)も中止になるなど、研究活動が厳しく制限された年となったが、上記の二文献を考究する過程において16-17世紀のチベット人であるターラナータが著した2点の注釈書(dGongs pa rab gsal及びgSang ba rab gsal)が重要であると気付かされたため、それらの読解を本年度の計画に加え、新たに研究を進めた。同書は、他に見られない逐語的且つ詳細な注釈書であるため、その分量は膨大で読解に相当の時間を費やさなければならなかったが、当初の時間と費用を同書の考察に充てることができた。この作業によって得られた成果は、1)同書に記載される『グヒヤタットヴァプラカーシャ』及び『オーリチャトゥシュタヤ』のチベット語訳異読テクスト(全文)の回収、2)同書に記載されるドクミ訳経官を始めとする人物らの手により翻訳された同二文献のチベット語訳異読テクスト(断片)の回収である。 これらを通して手に入れることができた情報はこれまで学界で確認されていなかった新しいものを含んでおり、この成果は本研究の底上げを果たすばかりでなく、学界へ大いに寄与し得ると思われる。
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