本研究では、満潮付近で毎日産卵するミツボシキュウセンを実験材料に用い、潮汐性産卵リズムを制御する脳内の水圧情報伝達経路を解明するために水圧情報を刺激として認識する「入力系」と受容した情報を内因性のリズムへと変換する「情報処理」がどこで、どのように行われているのかを明らかにすることを目的としている。本年度では下記のことを行った。 【課題1】水圧刺激を受容する器官を特定するために抗生剤処理による側線器官の機能阻害を行った後、水圧刺激を6時間付加した魚の脳からモノアミン量を測定した。その結果、未処理の群で脳内モノアミンが変動した一方で、処理群では脳内モノアミン量の変化は確認されなかったことから、側線は水圧刺激の受容に関わる器官の一つであると考えられた。 【課題2】水圧関連遺伝子の発現解析を行うためにトランスクリプトーム解析で明らかとなっている水圧関連遺伝子の発現をリアルタイム定量PCRで測定した。その結果、MAPキナーゼ・神経発達・ホルモン分泌に関わる遺伝子が変動していた。また、潮汐性産卵リズムを持つが他種のベラ科魚類であるホンベラにおいても確認したところ、MAPキナーゼを含むいくつかの遺伝子は同様に変化していた。 【課題3】水圧付加によって活性化される脳領域を特定するために、初期応答遺伝子のひとつであるArcタンパク質を神経活動マーカーとして免疫組織学的手法で局在を調べた。その結果、水圧付加によって視蓋域(PGZ 及びSWGZ)が活性化されることが分かった。 本研究で得られた結果をまとめると、ミツボシキュウセンにおいて水圧刺激は側線から視蓋へと伝達されることが分かった。この水圧情報によって脳内でMAPキナーゼ、神経発達、ホルモン分泌に関わる遺伝子が変動することで、脳内モノアミンや生殖腺の最終成熟に関わるホルモンが合成・分泌され、本種の潮汐性産卵が誘導されると考えられた。
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