我々は異なる感覚モダリティの情報から同一の対象を認識することができる。このような認知は、多様な感覚情報をそれらの意味的な共通性に基づいて統合し、記憶することで実現されていると考えられる。そのような記憶は側頭葉に位置する嗅周皮質の神経細胞の活動により担われていると考えられてきた。本研究では、嗅周皮質が実際に多感覚情報を統合しているのか否かを明らかにすることを目指した。前年度までの結果により、嗅周皮質の神経細胞は与えられた刺激のモダリティ(視覚/嗅覚)に関わりなく、それらの刺激が指示する左右の選択反応を表現していることが分かり、またそのような表現が刺激の提示中や、水報酬を得た時など多様なイベントでみられることも分かった。本年度の追加解析により、そうした選択反応の表現は動物の姿勢や視野、場所情報やリッキング行動などの交絡要因に関係なく頑健であることが分かり、動物が選択反応という抽象的な情報を嗅周皮質において表現していることが示された。さらに、嗅周皮質の多くの細胞が刺激呈示中と報酬時の両方において、左右の選択情報を表現していることが明らかになった。このことは、嗅周皮質の神経細胞が刺激と報酬の連合関係を保持する役割を持ち、多感覚に由来する広範な情報をそれらの意味的な関係に基づいて統合していることを示唆した。これらのデータに基づき、個々の神経細胞と細胞集団レベルでの情報表現を網羅的に解析したところ、個々の神経細胞は刺激と報酬という異なるイベント間で選択反応の情報を統合しつつも、集団レベルでの協調パターンをダイナミックに組み替えることによってそれぞれのイベントでの異なる計算処理を実現していることを示す結果を得た。本年度は、これらの結果を取りまとめ、査読付き国際誌である Communications Biology 誌に、筆頭著者および共同責任著者として成果を発表することができた。
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