本研究では,2つの全身に所有感を誘発することで自己を拡張することを目的とした。昨年度の実験結果から,2つの身体に対する所有感は視覚・運動同期によって生成されるものの,1つの身体における所有感錯覚より弱いことが示唆された。また,左右の身体で所有感の生じやすさに差がある可能性が示された。しかし,運動による生体信号(SCR)へのノイズで身体所有感が正しく評価できていなかった可能性や,モーションキャプチャの精度,学習方法,刺激の問題で身体所有感が弱くなっていたことが考えられた。 今年度はこれらの問題を改善し,実験を行った。SCR計測では,被験者の運動量を減らすことで,ノイズが少なくなるようにした。モーションキャプチャ装置もより精度のよいものを用い,刺激や手続きを改善することで身体所有感の低減を防いだ。それにも関わらず,SCRの結果から,身体所有感の生起を示すような結果は得られなかった。SCRによって2つの身体の所有感を評価するのは困難であることが示唆された。 そのため,別の客観的指標として自己位置の計測を行った。2つの身体は被験者の視点の左右にそれぞれ提示されることから,被験者の自己位置が左右に広がることが予想された。実験の結果,左足の自己位置は,左側の身体に所有感がある際に左側にドリフトし,右側の身体に所有感があるときは右にドリフトした。一方で,右足の自己位置は条件に関わらず右側にドリフトしていた。これまでの実験と同様に,右側の身体の所有感がわずかに強い可能性が考えられる。 本研究の結果から,2つの身体に対する所有感は主観評定によって報告されたものの,客観的指標ではそれを支持する結果は見られなかった。今後は,2つの身体に特化した客観的指標を開発することで,2つの身体に対する所有感のメカニズムを解明し,自己の拡張を目指す。
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