帯域内全二重のための低計算量な非線形自己干渉キャンセラの開発という研究課題に対して,本年度は期待以上の研究成果を上げたと評価できる.具体的な評価は以下に示す. ・非線形自己干渉キャンセラが根本的には高周波回路の非線形性を推定するものであるため,非線形性を推定するアルゴリズムについて理論的に研究した.この結果,従来までの推定アルゴリズムが数値的に不安定になることを理論的な観点から説明し,より安定的にかつ高速に端末の非線形性を推定できる重み付き最小二乗法を考案した.この成果は非線形自己干渉キャンセラの低計算量化のみならず,無線端末の非線形性を扱う必要がある研究課題に広く応用できる成果である. ・非線形自己干渉キャンセラを有する帯域内全二重の理論解析を行った.非線形自己干渉キャンセラを用いた場合において,帯域内全二重が達成するシンボル誤り率の解析については従来まで研究されてこなかった.小正規直交基底を利用してこの研究課題を達成し,理論解析から導かれるシンボル誤り率とシミュレーションの結果がよく一致することを示した.また,解析結果から帯域内全二重通信では理想的に線形化された増幅器よりも,歪みの存在する方がシンボル誤り率を低減できる可能性があることを示した.この結果より,非線形化するディジタルプリディストータという半二重通信では非常識なシステムが帯域内全二重通信では有効であることがわかり,今後の帯域内全二重通信の研究開発に対して大きな影響を残したといえる. 初年度に非線形キャンセラの低計算量化と高性能化を達成したが,令和2年度は以上までに示したとおり更に非線形自己干渉キャンセラの低計算量化及び高性能化を達成するために必要な基盤を築いたといえ,期待以上の進展があったといえる.
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