透明な生体試料を非標識に観察することは、ありのままの状態の細胞を長時間観察することが要求される様々な応用で重要である。特に、ラマン散乱や中赤外吸収に基づいて試料の化学情報を取得する分子振動イメージングと、屈折率分布に基づいて試料の形態情報を取得する定量位相イメージングと呼ばれる技術が、近年盛んに研究されている。しかし、これらの技術には、各々で相補的な情報しか得られないことや、高感度計測を行うために用いる高強度超短光パルスにより数分で細胞が死滅してしまうなどの問題が存在する。本研究では、中赤外フォトサーマル定量位相イメージングと呼ばれる新たな非標識光学イメージング技術を開発することで、これらの欠点の解消と、新たな非標識一細胞解析を開拓することを目的とした。
本年度は、中赤外フォトサーマル定量位相イメージングの(1)感度向上、(2)分子振動および屈折率コントラストの相関解析、(3)空間分解能の向上を行った。(1)ナノ秒のパルス幅とマイクロジュールのパルスエネルギーを持つ、波長掃引可能な中赤外光パラメトリック発振器を構築し実装することで、中赤外フォトサーマル信号を45倍増強した。通常より飽和電荷量が2桁大きいCMOSイメージセンサーを用いることで単位時間あたりに検出する可視光の光子数を増やし、定量位相イメージング系の量子ノイズを6倍低減した。これらにより、本技術の感度を270倍向上した。(2)高感度化した系を用いて得られる分子振動コントラストと屈折率コントラストを相関解析することで、既存技術では計測できない新たな生物学的量を抽出できる可能性を示した。(3)定量位相イメージングで頻繁に用いられる開口合成の原理を本技術に実装するための系の考案と構築を行った。これを用いることで、コヒーレントラマン顕微鏡などの最先端の分子振動イメージングを超えた空間分解能を実現できる可能性がある。
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