本年度では、NMR分光法とMDシミュレーションを組み合わせることにより、ATPとさまざまなタンパク質との間の非共有結合相互作用を解析し、その結果、本年度において以下の2点のさらなる知見を得た。 (1) タンパク質の溶媒和に及ぼすATPの影響 :タンパク質と水の水素交換の直接測定であるCLEANEX-PM法を測定した結果、構造を持つユビキチン(Ub)と構造を持たないα-シヌクレインの両方において、溶媒に曝されたタンパク質領域で、タンパク質のアミドと水の水素交換速度が低下していることが確認された.さらに、ATPを添加すると、UbアルギニンNε-Hε側鎖共鳴と一致する化学シフトの新たなクロスピークが複数現れた。これらの共鳴はATP非添加時には観測されなかったため、ATPがタンパク質と溶媒の水素交換を変化させたことが明らかになった。 (2) ATPのオリゴマー状態:昨年度までに得られた、ATPとタンパク質の相互作用の濃度依存性をさらに調べるために、ATP自体の濃度依存性を複数の生物物理学的測定法を用いて調べた結果、ITC、NMR、DLS等の手法で高濃度でのATPの異なる分子状態が存在することがわかった。 本研究において明らかにした非特異的なタンパク質-ATP相互作用は、以下の2点のATPの特性に由来するものと考えられる。1.正に荷電したタンパク質残基と疎水性のタンパク質残基の両方との相互作用を可能にする、ATPの両親媒性(アニオン性-疎水性) 2.タンパク質表面のパッチにATPを適合させることを可能にするコンフォメーションの柔軟性 これらの知見は、ATPが細胞内で高い絶対濃度で存在する理由を非代謝的な観点から説明するものであり、同様の可溶化性小分子が細胞内で強力な凝集防止効果を持つ可能性を示唆している。
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