研究課題/領域番号 |
19J13377
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
谷野 宏樹 信州大学, 総合医理工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 繁殖様式 / 胎生 / 卵胎生 / 発生学 / 発生システム |
研究実績の概要 |
本年度はフタバカゲロウの継代飼育系を確立するとともに、予備的な発現遺伝子解析を実施した。また、胚発生過程の観察を通じ、新規胎生昆虫であるフタバカゲロウの胎生システムについて、新たな知見が蓄積された。 現在までに得られた結果を総括すると、フタバカゲロウでは卵内にタンパク質性の卵黄が蓄積されず、胚発生初期においては脂質を消費しながら胚発生過程が進行することが示されている。また、タンパク質は胚発生過程において極めて重要な物質であることから、フタバカゲロウでは母体から卵へと栄養供給をしていることが考えられる。そして、この栄養供給には、細胞性の特殊な卵膜が寄与していることが考えられる。細胞性の卵膜構造は未受精卵にはみられないものの、胚発生過程の中で形成され、孵化直前には消失する。フタバカゲロウの胎生においては、卵膜を通じた母体からの栄養受給が考えられる。 また、栄養物質を効率的に利用するため、未受精卵もしくは未発生の卵が再吸収されていることも示唆された。カゲロウ類は一般的に、産卵の際に寿命を迎え、複数回の繁殖は不可能である。これに加え、幼虫から羽化した時点で口器が退化し、亜成虫や成虫では栄養摂取ができない。胎生昆虫であるフタバカゲロウにおいては、幼虫期にのみ摂取できる栄養を可能な限り効率的に利用するような形質が適応的であり、進化してきたのかも知れない。 本年度は胎生システムに関して新規発見があった他、遺伝子発現の検討において重要なタイミングを絞り込むことができた。この知見をもとに、次年度では胎生システムに関与する発現遺伝子を検討する。これらの検討を通じて、フタバカゲロウにおいて「胎生」が進化した背景や、意義について議論を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度、フタバカゲロウ類において飼育系や人為交配の手法を確立したことで、継代飼育に成功している。この成果から、新規「胎生」昆虫と考えられるフタバカゲロウ日本列島集団において、主に①細胞性の特殊な卵膜の消長②未受精卵・未発生卵の再吸収の2つの新規発見をすることができた。 ①について、これまで組織化学的観察から、フタバカゲロウの卵殻にあたる部分で細胞性の構造を観察していた。卵殻はクチクラで構成される構造であり、本来細胞性の物質が存在し得ない構造であることから、フタバカゲロウの胎生システムに関連する形質であることが考えられていた。この細胞性の構造について詳細に検討するため、本年度はフタバカゲロウの胚発生過程を通じ、DAPI染色による卵殻の観察を実施した。この結果、未受精卵および胚発生過程の初期においては細胞性の構造が観察できなかった。一方で、胚発生過程が進行してS字胚のステージ近くなると卵膜上に細胞性の構造を確認することができた。この細胞性の物質は胚発生過程の終盤まで存在しており、孵化直前には消失していた。胚発生過程において形成される、この構造は、フタバカゲロウの胎生システムに強く寄与していることが考えられる。 ②について、フタバカゲロウの未交配個体と交配後個体において発生率を検討した結果、胚発生過程の前半においては未発生の卵が観察できたものの、胚発生過程の進行に伴い、未受精卵が観察できなくなるような傾向が示された。また、未交配個体の蔵卵数と交配後個体の蔵卵数を比較した結果、交配後しばらく経過した個体の方が、優位に蔵卵数が少ないことが分かった。これらの結果を併せ、フタバカゲロウにおいては、未受精もしくは未発生卵内の栄養物質を再吸収して、効率的に利用するような形質が進化したことが考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
卵黄タンパク質の前駆物質であるvitellogeninについて、現在、発現解析の予備実験を実施している。既にデータベースの登録配列からvitellogenin配列のプライマーを設計することができており、このプライマーを用いて、フタバカゲロウでは終齢幼虫・亜成虫・成虫のいずれの成長段階においてもvitellogenin遺伝子が発現していることを確認している。Vitellogenin遺伝子の発現時期と発現部位、そして発現量を比較検討することで、胎生であるフタバカゲロウの栄養供給システムの詳細を検討する。また、昨年度に実施することができていなかった、RNA-seqによる発現遺伝子の網羅的解析を実施する。この網羅的発現解析には、フタバカゲロウの卵巣、卵、脂肪体などを候補として計画している。 遺伝子の発現解析については、昨年度は本格的には実施することができなかった。しかし、昨年度に継代飼育手法を確立したことにより、季節を問わず受精卵を確保できる。加えて、卵膜にみられる細胞性の構造が形成されるタイミングや、その消失のタイミングも把握することができた。このタイミングの把握は、フタバカゲロウの胎生における栄養供給の詳細を検討する上でも、胎生に寄与する遺伝子を究明する上でも重要である。本年度は、未受精卵、細胞性の膜構造がみられるステージ、胚発生過程の終盤もしくは孵化直後の発現遺伝子を比較することで、フタバカゲロウの胎生にとっての重要遺伝子を把握する。この知見とフタバカゲロウ類の系統的な知見とを総括として、一部地域集団で胎生が進化した進化的背景を議論することを目指す。
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