胎盤は妊娠の維持に重要なホルモン分泌、胎児と母体との間の栄養・ガス交換を担う、母児の健康に欠かすことができない臓器である。胎盤機能が不全状態に陥ると、流産、胎児発育不全や妊娠高血圧症候群等の合併症を引き起こす。しかし、これらの胎盤機能不全の発症機序は明らかにされておらず、胎盤機能不全の治療は進展していない。様々な妊娠合併症の発症機序を解明するためには、正常な胎盤の形成過程や機能の維持機構を分子レベルで理解することが極めて重要である。本研究では、胎盤の主要な機能を担う複数の細胞種に分化可能な胎盤幹細胞を樹立し、試験管内で分化過程を再現することを目的とした。着床前胚盤葉上層と類似した性質をもつナイーブ型iPS細胞を用いて、胎盤幹細胞の作製を試みた。複数のサイトカインを用いることで、ヒトナイーブ型iPS細胞からトロホブラスト様細胞への誘導が可能で、かつ、長期間にわたって胎盤幹細胞として維持できることを明らかにした。トロホブラストの起源である栄養外胚葉に類似した細胞を樹立できたことで、臨床検体の採取が倫理的にも技術的にも困難な妊娠時期である“着床期”に注目した。ナイーブ型iPS細胞由来の栄養外胚葉細胞から細胞性栄養膜細胞への分化を1細胞レベルで解析し、ダイナミックな遺伝子発現の変化を明らかにした。臨床検体(胎盤)から胎盤幹細胞を樹立可能な細胞培養用培地が報告されていたが、本研究者は、以前よりもさらに適切な培地を開発し、これらが、ヒトナイーブ型iPS細胞と臨床検体である胎盤細胞のどちらに対しても応用できることを示した。 本研究によって、(1)胎盤幹細胞の特徴を明らかにしたこと、(2)分化段階に特徴的な分子マーカーを同定したこと、(3)栄養外胚葉の性質を持つ細胞を樹立したこと、(4)着床期の胎盤細胞の発生モデルを確立したこと、(5)適切な胎盤幹細胞培地の作成に至った。
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