研究課題/領域番号 |
19J13703
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
山岸 蒼太 関西学院大学, 社会学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | アイデンティティ / 障害者運動 / 労働 / 教育 / 視覚障害者 |
研究実績の概要 |
本研究は、盲学校・三療業(按摩鍼灸)・当事者組織を中核に構成されてきた従来型の視覚障害当事者コミュニティと日常的に接点をもたない視覚障害者の経験に着目し、健常者/障害当事者間において、アイデンティティがどのように経験されているのかを明らかにすることを目的としている。学校・職場・当事者グループ等の場で、個々人が他者との関係において「障害」をどのように経験し、どのように生きているのか、視覚障害者固有の経験を通じて明らかにすることを目指している。以下、2019年度の実績を述べる。 まず、当初の計画に従い、全盲の視覚障害生徒が通常学級に在籍する公立中学校において、概ね週1回ずつ参与観察を行った。当初は、対象生徒の保護者や学校教員へのインタビューを予定していたが、調査を通じて、分析視点の再検討の必要性を認識するに至った。具体的には、インクルーシブ教育の先進地域に位置する対象校の位置づけや現状を考慮すること、申請者を含めた視覚障害を持つ校内支援ボランティアの存在を踏まえた視点の必要性を見出した。今年度は十分な分析に至らなかったが、今後は当該生徒へのインタビューを加えるなど、新たな調査・研究の方向を定めるプロセスとしての意義があった。 次に、一部計画を変更・先行して、就労運動を経て公務員として採用された視覚障害者に仕事の経験についてインタビューを行い、採用までの運動に関する文字資料の収集を行った。本調査では、障害者にとっての困難としてみなされがちな「できないこと」について、それを一つの契機や資源として周囲の健常者との人間関係を構築していたことが語られ、健常者の中で障害者が働くうえでの障壁解消可能性の示唆を得た。さらに、障害者解放運動や視覚障害者の社会史との異同についても検討する必要性を認識するに至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
交付申請書において、2019年度は、①全盲生徒が在籍する公立中学校での参与観察と関係者へのインタビュー調査と、②得られたデータについて、障害児と周囲の関係者との相互行為を通じて立ち現れる「障害」のあり様を個々人の語りに基づいて分析を行うことを予定していた。①の参与観察については、予定通り、概ね毎週1回、学校を訪問し、支援ボランティアの立場で調査を行った。当初は、ここに関係者のインタビューデータを加え、②の分析を目指した。しかし、障害児のインクルーシブ教育については、教師の教育実践に着目した研究がなされている一方で、障害児本人の語りや記述に立脚した研究はほとんど存在しない。さらに、本事例では、学校空間の構成員として視覚障害当事者の支援ボランティアが欠かせないことも明らかになった。以上の理由から、①のインタビューはフォーマルには実施せず、これまでに得られたデータをもとに、分析視点と調査方法の再検討を行っている。今後は、対象生徒本人に、これまでの学校生活や関係者とのかかわりについて、振り返ってもらう形のインタビューを軸に調査を展開する予定である。 一方で2019年度は、視覚障害者の仕事の経験をめぐる調査を一定程度進展させることができた。障害者解放運動の影響を受けた就労運動を経て、自治体職員として採用された視覚障害者の仕事の進め方、職場での人間関係作りの経験についてインタビューを行った。また、就労運動に関する資料収集も開始した。本調査を通じて、既存の健常者中心の職場で視覚障害者が働く上での困難とその解消可能性について分析を開始することができた。 以上、計画時における採用1年目の課題については分析視点や調査方法の再検討を要したが、2年目以降の課題を進展させることができたことから現状は(3)と考える。
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今後の研究の推進方策 |
以下、本研究の主要な課題の①仕事をめぐる経験、②通常校における被教育経験それぞれの調査・分析について、今後の研究推進方策を述べる。 ①2020年度は、先行研究を踏まえて、2019年度の調査結果も含め得られた成果の分析枠組みを構築する。従来、「障害」は解消されるべきものとみなされてきたが、本研究ではそれが他者との関係を取り結ぶための資源としてとらえ返されていたという視点を示す。すなわち、労働場面での障害に伴う「できなさ」は単にマイナスに作用するのみならず障害者が働き続けるうえでの資源としての機能をはたしていたという視点を経験的なデータをもとに示していく。また、障害者解放運動史と視覚障害者運動史・社会史から対象者のライフヒストリーにおける視覚障害者としてのアイデンティティのあり様について分析する。そのために、関係者へのインタビュー、関係組織・出版物の資料収集も継続する。加えて、この調査を通じ、新たな研究対象者とのネットワークづくりも目指す。 ②これまでの調査データを踏まえ、申請者を含め支援ボランティアとして継続的にかかわりを持ってきた視覚障害当事者も分析対象に加える。対象生徒のアイデンティティを構成する過程において、健常者・視覚障害者との関わりがどのように影響していたのかに着目していく。そのためには、対象生徒本人の経験に基づく分析が欠かせない。したがって、当該生徒本人へのインタビューを軸に調査を進め、その準備を開始する。未成年者であることから、倫理的配慮に十分留意するとともに、調査内容についても入念に準備を行う。 以上、①、②の研究課題を通じて、視覚障害者のアイデンティティのあり様について、個々人の経験と社会史的背景を有機的に結び付けながら明らかにしていく。
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