本研究は、教育(盲学校)・職業(按摩・鍼・灸)・当事者組織を中核に構成されてきた従来型の視覚障害当事者コミュニティと日常的に接点をもたない視覚障害者の経験に着目し、彼らのアイデンティティのあり様を社会学的に考察することを目的としてきた。 今年度は、①1970年代から1980年代にかけて、視覚障害者の一般就労の路を開拓する運動を経て、自治体職員として働いた視覚障害当事者の生活史の分析、②視覚障害生徒が通常学級で学ぶ中学校での参与観察を中心に行った。①については、障害は、困難を伴う障壁としてだけでなく、周囲の健常者の手助けを引き出したり、関係を取り結んだりする手段としても経験されていた。それは、遊びや楽しみに通じる経験であり、健常者中心の職場で働き続ける原動力や方法を分析するうえで不可欠な視点であることを指摘した。②では、生徒の「障害」をめぐる経験は、周囲の人々との人間関係や相互行為に加えて、当該生徒の学習保障のために、教職員が利用可能な物的・人的資源の整備状況が大きく影響していることが明らかになった。 以上から、①では、社会学的障害研究が依拠してきた障害の社会モデルにおいても障害は解消されるべき障壁ととらえられてきたが、個人の経験に立脚しつつ、障害の多様な側面を明らかにする視座を得た。②については、個別的な場面での包摂のみならず、視覚障害児のインクルーシブ教育における環境整備の課題とその重要性を明らかにした。これは、障害の社会モデルに基づいたインクルーシブ教育の展開を検討する上で欠かせない論点となるだろう。本研究は、視覚障害者のライフコースが多様化する現代的状況を踏まえて展開してきたが、同時に、日本社会における視覚障害者固有の歴史を踏まえた分析が今後の課題となる。
|