研究課題/領域番号 |
19J13859
|
研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
並木 航 東京理科大学, 理学研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
|
キーワード | 固体電解質 / 全固体酸化・還元デバイス / ナノイオニクス / マグネタイト / Fe3O4 / 磁気異方性 / スピントロニクス |
研究実績の概要 |
120K以下の低温でVerwey転移に伴う電荷秩序相を持つFe3O4(マグネタイト)薄膜を用いて、Liイオン伝導性固体電解質との積層構造である全固体酸化・還元トランジスタを作製した。マグネタイトはMgO基板上に成膜され、電気抵抗測定によるVerwey転移の確認およびX線回折・ラマン分光による結晶構造評価を行った。トランジスタ構造においても、Verwey転移の確認および透過型電子顕微鏡による結晶性評価を行った。室温におけるトランジスタの磁気特性を検証したところ、ゲート電圧(VG)印加によりマグネタイト内の磁化方向が回転していくことがわかった。この変調角はVG=1.0Vのとき、10°、VG=2.0Vのとき56°であり、キャリア注入による室温での磁化方向制御の中で極めて大きいものであった。これは、高濃度のLiイオン(>10^21 cm^-3)が挿入されることでマグネタイト内のキャリア密度が大きく変化したためである。VG=2.0Vのとき不可逆であり、岩塩相LiFe3O4の生成が示唆された。この岩塩相は室温常磁性であるため、観測された磁化方向の変化は、室温強磁性であるマグネタイトのものである。ゆえに、Liイオンの挿入に伴う大きな磁化変化は、VG=1.0Vのとき、マグネタイト内のキャリア密度が変化することで、フェルミ準位近傍の電子構造が変化したことに起因する。一方、不可逆的変化を示したVG=2.0Vのときは薄膜中に部分的に多量のLiイオン挿入に伴う岩塩相が生成されることで、スピネル相(マグネタイトの結晶構造)に対する岩塩相からの圧縮効果がキャリア注入効果と共に寄与する。この2つの効果が巨大な磁化方向の変化につながったと考えている。この結果は磁化方向の大きな変調を室温で実現されており、今後の改善により磁気トンネル接合などのスピントロニクスデバイスへの応用が期待できる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画であった電荷秩序(CO)相を有するペロブスカイト型酸化物の作製が非常に困難であった。なぜなら、高酸化数の遷移金属を含むためで容易に還元されてしまい組成がずれてしまうためである。CO相は非常に組成敏感であり、ペロブスカイト型酸化物薄膜の作製は現実的でなかった。そこで、より低い酸化数の遷移金属を含む酸化物であるFe3O4(マグネタイト)に注目した。この酸化物は120K以下でVerwey転移に伴うCOが報告されている。そこで、マグネタイトをチャネル材料として全固体酸化・還元トランジスタを作製し、イオンの挿入がCO相へどのような影響を及ぼすのか検証することにした。トランジスタ構造においても、Verwey転移は維持されていることがわかり、固体/固体界面の影響は受けていないと判断した。磁気特性を評価する際に、平面ホール効果を用いた。平面ホール測定は外部磁場を薄膜面内に印加することで電流と薄膜内の磁化との相対角度に依存したホール起電力が生じることを利用して、磁化方向を検出することができる。トランジスタ構造において、ゲート電圧を0~2.0Vまで徐々に増やしていくことで、Liイオンの挿入量を制御したときの、平面ホール抵抗の磁場印加角度のゲート電圧依存性を検証した。この平面ホール抵抗とマグネタイト内の磁気異方性エネルギー(磁化方向に依存する磁気エネルギー)を用いて、磁化方向の変化を追跡した。この結果、Liイオン挿入に伴う磁化方向の変調角は非常に大きい(最大56°)ものであることがわかった。また、平面ホール効果による磁化方向の追跡は今まで2Kのような低温で行われていたため、室温で強磁性を示す物質で検証された例は他にない。磁化方向は磁気トンネル接合などのスピントロニクスデバイスにおいて重要なパラメータである。そのため、本研究結果はスピントロニクスデバイスの発展につながると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、マグネタイトを用いた全固体酸化・還元トランジスタによる磁化回転メカニズムを実験的に明らかにしたい。現在までの進捗状況で、Liイオンの挿入により強磁性体の磁化方向を室温で大きく変化させたことを述べた。ゲート電圧を0から1.0Vまで増加させていくと、磁化方向は10°回転した。1.0Vから2.0Vでは、急激な磁化回転を示し、0Vから最大56°回転した。1.0V以下は可逆的な変化であり、1.0Vより大きい領域は不可逆的な変化であった。大きな磁化回転の理由として、高濃度のLiイオン挿入に伴う多量のキャリアがマグネタイト内に添加されることで、フェルミ準位近傍の電子構造が変化したためである。これは、他のキャリア注入による磁化回転の報告やキャリア密度を変化させたときの磁気異方性エネルギーの変化を計算した報告などから妥当であると言える。しかし、不可逆的な変化を示したゲート電圧領域では、挿入されたLiイオンにより、薄膜中に部分的な岩塩相LiFe3O4の生成が示唆される。もともとマグネタイトはスピネル相を有するが、生成された岩塩相はスピネル相よりも体積が大きい。現在、不可逆領域での巨大な磁化回転は岩塩相生成に伴うスピネル相への応力効果によるものであると考えている。岩塩相は室温で自発磁化を持たないため、変化した磁化方向はマグネタイトのものである。 磁化回転メカニズムを明らかにするために放射光を用いた光電子分光及びX線磁気円二色性やラマン分光のその場測定による電子構造や磁気構造、応力変化を明らかにする。磁化方向はスピントロニクスデバイスにおいて重要なパラメータであるため、磁性体のキャリア密度と内部応力を同時に制御することが大きな磁化回転に寄与することが明らかになれば、イオンの挿入・脱離による磁化方向制御メカニズムに基づいた新たなデバイス作製の指針になる可能性がある。
|