本研究では炎症性腸疾患(IBD)の主要因の一つである腸内細菌の群集構造の乱れにおける溶原性ファージの役割を追究するため、2019年度ではIBD患者等の腸内メタゲノムの塩基配列データから微生物ゲノム配列を再構築し、2020年度ではこれらを基にIBD患者等の腸内における溶原性ファージと細菌の群集構造を解析した。具体的には、まず公共データベースから得たIBD患者等の腸内メタゲノムの塩基配列情報からゲノム断片を作成した。そして後の溶原性ファージの宿主割り当てのため、ゲノム断片から細菌ドラフトゲノム(MAG)を構築し、配列類似性の高いものを一つにまとめることで3133個のMAGクラスタを得た。次に、遺伝子組成を基にウイルス領域をゲノム断片から抽出し、配列類似性に基づいてこれらを種のレベルでviral OTUにまとめた。これらの内、ウイルスインテグラーゼ遺伝子を持つものを選択し、MAGとのゲノム配列比較により宿主が割り当てられ、かつファージ対宿主比がいずれかのサンプルで10より高い値を示した1797個のviral OTUを、増殖能を保持した(非欠損)溶原性ファージとした。そして、ゲノム配列の比較により割り当てられたこれらの宿主を精査した結果、これらは幅広い系統の腸内細菌に感染していることがわかった。また、溶原性ファージの群集組成は個人により大きく異なっていた。さらに、活動期の潰瘍性大腸炎患者では非IBD患者と比べて腸内炎の抑制に有用なBacteroides uniformisおよびB. thetaiotaomicronの頻度が有意に少なかったのに対し、それらに感染する溶原性ファージの頻度は有意に多く検出された。これらの結果から溶原性ファージは宿主の溶菌によりIBDに特異的な腸内細菌の群集構造の形成に関与していることが示唆された。本成果は国際誌Microorganismsに掲載された。
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