本研究は、『束の間の人間と文学』というマルローの遺作に焦点を当て、マルローが追求した「人間」 に関する問題のその射程の広さを視野に入れながら、「束の間の人間」というイメージの解明を試みるものである。本年度は、マルローと不可知論についての理解を深める一年となった。「不可知論」という19世紀になって現れた比較的最近の思想をめぐって、その歴史的背景を整理することで、不可知論者としてのマルローを、20世紀ヨーロッパの思想史的文脈の中に位置付け、その現代的意味を明らかにすることができた。 本年度はさらに、NRF誌を通じて交流があり、マルローの歴史観に多大な影響を与えたと考えられる哲学者ベルナール・グレトュイゼンについて、彼の著作や論文の精読を進めた。マルローの芸術論における非編年的な歴史観に関しては、これまで多くの研究が発 表されてきたが、こうした観点がいかにして獲得されたのかについては、あまり言及されてこなかった。そのことから、グレトゥイゼンを経由してディルタイの「歴史的理性批判」や「生の哲学」の立場が、マルローの歴史観にどのように反映されているのかについて研究を進めた。これらの研究は、マルローの歴史に対する不可知論的な立場を明らかにする上で、重要な論点であると思われる。 以上の研究成果は、現在提出準備中の博士論文の一部として執筆しており、近年中に発表を予定している。また、研究成果としては、2019年度におこなった国際シンポジウムでの口頭発表が共著書籍の一論文として刊行された。同論文は、フランス語版がClassiques Garnier社より刊行予定であり、現在最終原稿を出版社に返送した状態である。
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