本年度は、戦後西ドイツの音楽文化形成の中心的な役割を担っていたダルムシュタット講習会を巡る音楽的、思想的、政治的関係を検討し、戦後第一世代の作曲家の言説や批評を分析する実証的な考察を行った。まず戦後ダルムシュタットという問題的場所に着目し、当時の思想家(T.W.アドルノ、C.ダールハウスら)や作曲家達が関わっていた「音楽と政治」論争の背景やその内容を探った。彼らの中には「どのようにして音楽的自律性を保ちながら、社会的責任を果たすのか」という新たな美学的課題が浮上した。この課題は、特に音楽創作にあって様々なアポリアを生み出した。すなわち、戦時中の扇動的音楽を批判する立場にとって、音楽は社会という音楽外的要素から距離を置くべきだったはずだが、混乱した戦後の世界的情勢の問題から目を逸らすことはできなかった。こういったアポリアは、音楽の自律性と他律性への問い直しにつながった。この過程において、「政治的音楽」、「参加(Engagement/Commitment)、「伝統」といった概念の見直しが促進された。その中で、戦後第一世代の作曲家ら(B.A.ツィンマーマン、H.W.ヘンツェ、G.リゲティ)は、「芸術と生の一致」という独自の音楽観を共有し、音楽のコラージュを通してその理念を具現化したことが明らかになった。 1960年代から70年代における音楽のコラージュは、戦前におけるナチスへの抵抗と戦後の権威に対する抵抗が融合された形で実践されたものであり、この意味において、ナチス批判に限定されず、人道主義やコスモポリタン的理念が組み込まれている。この過程において用いられた音楽のコラージュには、作曲技法的側面以上に、批判性や抵抗性を示す意味論的要素が含まれていることを明らかにした。従来の「長い60年代」の抵抗文化研究では見逃されてきた西洋芸術現代音楽を精神史・文化史の中で位置づけることができた。
|