抗体医薬の安定性は今なお重要な課題である。本年度では、上市済み抗体医薬・および未上市のヒト抗体について、ウサギ抗体由来のジスルフィド結合を導入することで安定性を向上させることを試みている。結果として、6つのヒト抗体全ての熱安定性の向上に成功した。更に、分子動力学計算により、その向上機構の由来を分子の挙動レベルで解明することに成功した。 一般に、抗体の安定性向上手法は各論に陥りやすく(抗体毎に有効な安定化の手法が異なる)、本手法のように、広く全てのヒト抗体に適応ができる安定性向上手法は極めて有用であると考えられる。以上から、本研究では抗体医薬に広く適用可能な、新規の熱安定性向上手法を開発することに成功した。 また、次世代の医薬の標的として、特定残基のリン酸化など、翻訳後修飾特異的な抗体が注目されている。本年度では、ガン特異的に観察されるSer493のリン酸化を検出するウサギ抗体(A4とC7)のリン酸基認識機構について、分子動力学計算と変異導入解析を行い、認識挙動を原子レベルで明らかにしてした。 結果として、A4は抗原のリン酸基を広い残基数で受けて複数の遷移結合状態を形成し、C7は4つの残基で1つの安定した結合状態を形成することが明らかとなった。A4とC7は検出試薬として異なる性能を示しており(A4よりもC7の方がリン酸基選択性は高く、抗原親和性はA4の方が高い、試薬としてはC7の方が検出感度が高い)、そうした性能の違いの由来が、このリン酸基認識挙動の違いに由来するものであると考えられる。 以上の結果は、ウサギ抗体が、創出したい親和性と選択性によって異なる戦略を取ることを示唆しており、抗体の分子設計の指針の構築に繋がる内容である。
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