本年度は,生体組織の内部に生じる力学場から細胞活動へのフィードバックが,組織の形態形成に与える影響を明らかにした.昨年度に構築した細胞の増殖を組織の体積的な成長として表現する連続体力学モデルを拡張し,細胞の移動にともなう組織の体積的な変化を表現するモデルを新たに構築した.そして,細胞の増殖と移動が重要な役割を果たす脳組織の形態形成に構築したモデルを適用した.まず,大脳組織の形態形成における層形成を対象とした数値シミュレーションを行った.大脳組織の層形成では,細胞が,成長する組織内を移動して適切な配置を獲得する必要がある.そこで,層形成のシミュレーションを行い,細胞移動と組織成長が層形成に与える影響を調べた.その結果,細胞が集積するために組織成長が重要であることを示唆するとともに,脳組織の形態形成に対する構築したモデルの有用性を示した.さらに,小脳の形態形成におけるしわ形状の形成にモデルを適用した.小脳のしわ形成では,細胞が組織内の線維に沿って移動するため,組織変形により線維の配向が変化すると,細胞の移動方向も組織変形の影響を受ける.そこで,ひずみ場から細胞移動へのフィードバックを考慮した組織変形のシミュレーションを行い,線維に沿った細胞移動により小脳組織内で不均一に細胞が集積し,小脳の形態的な特徴である伸長したしわが形成されることを明らかにした.このメカニズムは,組織のひずみ場に応じた細胞移動によって,しわが一度形成されるとその形状が維持され,伸長することを示しており,小脳の安定的な形態形成に重要な役割を果たすことが示唆された.以上の研究成果は,力学場から細胞活動へのフィードバックを考慮した連続体力学モデルの構築と実現象への適用を通じて,細胞活動と組織の力学場が相互に作用することが組織形態形成に与える影響を明らかにするための新たな数理的アプローチを提案するものである.
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