研究課題/領域番号 |
19J15056
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
市川 遥 名古屋大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 日本近代文学 / 傷痍軍人 / 戦争と文学 |
研究実績の概要 |
本研究は、日本における傷ついた兵士・軍人たち、いわゆる「傷痍軍人」に関する文学表象の分析を行うものである。本年度の主な実績は以下の2点である。 ①日露戦争後に増加した「癈兵」に関する調査を進め、「癈兵小説」と呼ばれる作品群について論文を執筆し、投稿を控えているほか、日本近代文学会・昭和文学会・日本社会文学会合同国際研究集会にてパネル発表の登壇者として報告を行った。ここでは癈兵小説の一つとされる吉田絃二郎「癈兵の墓地」を扱い、兵士の精神的な傷の語りを取り上げることによって、当時ほとんど可視化されてこなかったトラウマの問題を文学が前景化していることを明らかにした。 ②戦後の作品として、井伏鱒二「遥拝隊長」(1950年)を取り上げた論考が、査読付き論文集に掲載された(『JunCture』(11)、2020年3月)。本論考では戦後に傷痍軍人が抱え続けた傷ついた身体・精神の表象に着目することによって、敗戦という境界線や、戦前戦中と戦後という時代区分による断絶の上に残り続ける、人々の戦争体験や記憶の持続・継続の問題を指摘した。また、厳しい兵営生活によって傷ついた兵士たちを描いた戦後の作品を複数取り上げ論文化し、査読誌に投稿した。掲載には至らなかったため、来年度も引き続き当該課題に取り組む予定である。 以上の成果から、「傷痍軍人」を描くことの効果や戦略、歴史上における文学と他メディアの相互作用について考察するとともに、文学を通して描くことが可能になった戦争批判や抵抗の様相の一端についても明らかにすることができたと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に関しては、おおむね順調に進展したと判断している。 資料の調査分析に関しては、傷痍軍人関連資料や軍事史資料、一部分析理論の書籍などの購入が行えたほか、近隣図書館や東京における資料調査などを、ある程度予定通りに実施することができた。 また、成果の発表の場として、学会にて研究発表を行ったほか、所属ゼミでの複数回の発表や、いくつかの外部ゼミなどでの意見交換についてもほぼ予定通り行うことができた。 さらに、研究論文についても、査読誌に掲載されたものが一本あり、また掲載には至らなかったが投稿をしたものもある。加えて投稿を控えた論文をいくつか執筆することができているため、この点に関してもおおむね予定通りといえる。 一部、新型コロナウイルスの流行の影響で参加が不可能だった研究会や、中止となったイベントがあり、予算を予定通りに利用できない部分があったのは事実であるが、当該年度の課題の進捗については、著しい遅れにはつながっていないと判断するものである。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は、傷痍軍人関連資料について、近現代にわたって広く収集した。本年度も引き続き、資料の購入・収集を行う。具体的には、文学やそれを取り巻く言説空間の置かれた歴史的文脈を理解するため、近代日本の陸海軍史や、法規関連資料の購入を継続するほか、近代初頭の負傷兵を描いた作家(山田美妙・江見水蔭等)の資料、戦後文学賞候補となった傷痍軍人作家直井潔の関連資料等や、その他文学作品についても収集し、作品分析を行う。資料調査については、徴兵制から総力戦体制までの「傷痍軍人」表象の変遷を明らかにするため、小説や統計資料などを調査・閲覧するほか、さらに具体的な「傷痍軍人」像を考察するため各地の戦争史料館などに赴く予定である。また、傷痍軍人を扱う映像作品についても調査を進める予定である。 さらに本年度は、戦時下の児童文学における傷痍軍人表象の調査を行う。児童に対して傷痍軍人という存在がどのように伝えられ、銃後の子どもたちがどのように傷痍軍人を受容していったのかというプロセスを考察するため、児童文学や「少国民」の歴史に関する資料についても調査を予定している。 学会やそれに準ずる形の研究会での発表や論文化についても検討しており、江戸川乱歩「芋虫」についての分析成果の発表や論文化を行う予定である。また、前述の直井潔についてはすでに研究会にてパネル発表の予定があるほか、児童文学との関連性に関しては、国際的な研究会で発表が決まっている。 ただし、これらの遂行に関しては、現在の新型コロナウイルスの状況によって大きな影響を受ける可能性がある。すでにいくつかの学会等が中止になっているため、オンラインで開催する研究会などで意見交換の機会を得ることや、資料館の遠隔複写サービスの利用など、活用できる方法については適宜考えながら対応をしたいと考える。
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