研究実績の概要 |
ヒトは,内受容感覚(自己身体内部の生理状態に関する感覚)と外受容感覚(外界の刺激)を統合して様々な認知処理を行う(Atzil et al., 2018). 養育者は乳児の表情や声を頼りに乳児の状態や情動を読み取り, 反応する. 乳児は日常的に養育者と身体を接触させながら相互作用する経験を蓄積する中で,内受容感覚を発達させるとともに,母親が表出する表情や声と言った外受容情報を統合させ, 自他の身体表象や心的機能を創発させていくとみられる. 本研究では,母乳授乳に関連する母と子双方の生理機能および内受容感覚の動的変動と,乳児の社会的認知発達との関連を明らかにする. 本年度の研究成果は以下の2点にまとめられる.(1)母親の授乳経験とオキシトシンホルモンの個人差が表情認知に与える影響を検証した.結果,授乳に伴うオキシトシンの変動が母親の表情知覚と関連することを世界で初めて明らかにした.具体的には,授乳前後のオキシトシン値が高まった母親ほど,成人顔のポジティブ表情の知覚に関する正確性が高くなり,また,ネガティブ表情に関する正確性が低くなることを示した.これらの成果は,国際科学誌「Biology Letters」に採択,掲載された. (2)産後半年以内の産後女性の身体機能(筋肉量・運動機能),乳児と過ごしているときの自律神経活動,養育者の精神活動(レジリエンス,育児ストレス,うつ傾向など)の関連を検証した.①産後女性の四肢筋肉量および運動機能(握力・最大歩行速度)が同年代女性平均に比べて低いこと,②運動機能のうち最大歩行速度が遅い産後女性は乳児と過ごしている時の迷走神経活動が高く,迷走神経活動の高さはレジリエンスの高さに関連することを見出した.また握力が強い産後女性ほど,育児ストレスやうつ傾向が高いことを見出した.本研究の結果は,第32回日本発達心理学会で発表され,現在,国際科学誌への投稿準備中である.
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