多彩な触り心地を表現できる技術確立の為に,触錯覚現象の機序解明を目指す.本研究では, Velvet Hand Illusion (VHI)と呼ばれる,硬いワイヤを触っているにもかかわらず滑らかな感覚が惹起する触錯覚現象に注目し,その機序を視覚の法則に当てはめて調査した.VHIの特徴は,2本の平行線を両手で挟んで擦ると,存在しない滑らかな感覚が生起するところである.この現象と類似する現象は視覚にも存在する.例えばカニッツァの三角形では,一部が欠けた3つの円で構成される図形を見ると光のコントラストが無い部分にさえ三角形のエッジが認識される.このような存在しないにもかかわらず大脳皮質での統合化によって足りない部分が補完されて感覚が生起する一連の統合プロセスはGestalt Groupingと呼ばれており,プレグナンツの法則で体系的にまとめられている.我々は,VHIと触覚のGestalt Groupingの関係性を調査し以下を明らかにした. ①VHIは2本線で囲まれた領域が動くことで生起する現象であり,プレグナンツの法則では閉合と共通運命の要因が該当する.これらの要因を崩壊させた際にVHIが消失することを確認し,閉合と共通運命の要因がVHI生起に不可欠な要因であることを解明した. ②2本線が位相差運動する際のVHI感を,線間距離(閉合の要因)と位相差(共通運命の要因)を用いて定式化した. ③VHI感は,Gestaltを構成する2本線の素材の影響を受けることを,SD法と因子分析で求めた材質感ベクトルで明らかにした. この研究の意義は,触覚の感覚統合の仕組みを視覚・聴覚研究で明らかにされたGestalt理論を用いて説明しているところである.これにより,触錯覚現象の機序解明や錯覚メカニズムの工学的応用など,様々な分野への波及効果が期待される点で非常に重要であるといえる.
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