研究課題/領域番号 |
19J20035
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
坂本 遼太 九州大学, 理学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 生物物理 / 人工細胞 / 非平衡物理 / アクティブマター |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,細胞サイズ空間に拘束されたアクトミオシン細胞骨格の対称性の破れのメカニズムと,周期的波の発生機構を,物理的観点から解明することである.液滴内部ではアクトミオシンの収縮力で細胞片が凝集したクラスターが形成され,その位置が小さい液滴では端,大きい液滴では中央をとる「サイズ依存的な位置対称性の破れ」のメカニズムを探求した.アクトミオシンの架橋度を制御するタンパク質を加える分子摂動実験および,アクトミオシンの収縮現象を記述するアクティブ・ゲル理論の解析から,液滴界面から中央へ伝搬するアクトミオシンの波がクラスターを中央へ運び,液滴界面とクラスターを確率的に連結するアクトミオシン・ブリッジがクラスターを境界へ引き寄せるという対称性が決まるメカニズムを解明した. 細胞内の対称性にアクトミオシンが関わる現象として,卵母細胞における紡錘体の位置決定がある.紡錘体の位置決めの失敗は先天性欠損を引き起こすため重要である.しかし,生きた細胞のサイズは変化できないため,そのメカニズムの理解は限定的であった.本研究では人工細胞を用いることで細胞サイズを大きく変化させ,対称性を決めるタンパク質因子などを特定したことは,先天性欠損などのエラーを防ぐメカニズム解明への一助となることが期待される. また,本研究ではアクトミオシン・ブリッジの連結性を記述する「パーコレーション理論」に基づくモデルを構築し,対称性の破れを説明した.これまで,精製したタンパク質を用いた系におけるアクトミオシンのパーコレーションの報告例はあるが,本研究では対称性の制御のように生命にとって重要な現象に関わることを初めて示したという点で意義深い.さらに,パーコレーション転移に普遍的に現れる臨界指数(システムサイズに依存しない定数)の探究など,本研究は生命現象から非平衡物理学分野にまで広がる大きな波及効果が期待できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の目標である,細胞の対称性の破れを伴う物理学の解明は着実に成果を上げている.初年度は,細胞の変形や運動を担うアクトミオシン細胞骨格を液滴カプセルに封入し,界面に生体膜の構成要素であるリン脂質を配することで細胞環境を模した「人工細胞」を構築した.細胞内で形成する細胞核様の構造物の位置対称性が破れるメカニズムを,ソフトマターの物理的原理から解明することに成功し,その研究成果は生命現象から非平衡物理へまたがる新しい理解を与えた.
対称性の破れが関わる重要な生命現象として,細胞核の配置の対称性が破れている細胞運動があげられる.細胞運動は発生過程から創傷治癒まで広範な生命現象の基礎をなしている.本研究ではさらに,液滴の界面とアクトミオシンの相互作用を強固にすることで,運動する人工細胞の実現に成功した.この人工細胞の運動原理を探ることで,対称性の破れを伴う生命現象の物理的原理のさらなる理解につながることが期待でき,本研究は当初の研究計画以上に大きな広がりを見せている.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,細胞核の配置の対称性が破れている細胞運動とクラスターの位置対称性の破れの類似性に着目し,液滴界面とアクトミオシンの接着相互作用を強固にすることで実現した「液滴の自発運動」が生じるメカニズムを探求する.細胞運動は発生過程から創傷治癒まで生命現象の基盤であるが,アクトミオシンというシンプルな構成要素だけで運動が実現できるか?という疑問に迫る研究はほとんどなく,本研究は細胞運動のような高度に組織化された運動がシンプルなメカニズムで実現する物理的原理を探求する. 液滴内部では,液滴の端に位置するクラスターへ向かってアクトミオシンの波が伝搬し,液滴の運動は波の運動とは逆方向であるという特徴がある.このことは,液滴を挟むチャンバーとアクトミオシンの波の間に働く摩擦力が,運動の駆動力であることを示唆する.チャンバーの高さを変化した場合の運動速度を解析し,摩擦力から生じる運動のメカニズムを検証する. 液滴は波の伝搬に伴い,変形しながら運動をおこなう.画像解析によって変形と運動速度の相関を解析する.変形モードを液滴サイズについて分類し,液滴サイズ(液滴界面の曲率)と変形との関連を定量化する.さらに,蛍光イメージング解析によってアクトミオシン収縮波の速度場を定量化する.この速度場と運動速度との相関を解析することで,運動とアクトミオシン波を定量的に結び付ける. 予備的な解析から,液滴の運動速度と波の周期に相関があり,波の周期性が運動に重要である可能性を示唆している.今年度は,1.周期的波の発生を記述するアクティブ・ゲル理論の構築,2.波と液滴界面との接着相互作用のモデル化,3.膜弾性を考慮した液滴の変形のモデル化を通じて,波と液滴の運動を包括的に説明する理論モデルを構築する.これにより,アクトミオシンというシンプルな構成要素から複雑な細胞運動が実現するメカニズムを明らかにする.
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