モンテーニュ『エセー』における引用についてレトリックの観点からアプローチする方向性のなかで見出した「コモンプレイスブック」と呼ばれる見出し語付き引用句の集成の存在について考察を深めた。とりわけ,書物としての「コモンプレイスブック」が形成される以前の問題,つまり「コモンプレイスブック」を形成する重要な要素であるトピック(トポスあるいはロクスと呼ばれる)の概念について,古典レトリックまでさかのぼり理解を深めた。それらは論証や弁論に必要な論拠,あるいは観点を保管しておく「場所」として認識され,弁論家は言論作成の際にそれらを参照することで説得的な論述を組み立てることができた。また同時にそれらは論点を増幅し拡充するのにも用いられ,聴衆の感情に訴えかけることで説得を容易にする効果もあった(ロキ・コムーネスと呼ばれる)。こうした概念的発展とはまったく別に,中世の詞華集の伝統がある。詞華集には注目すべき範例やすぐれた表現などが収集され,並べられているだけではなく,それらを効率よく検索するための索引やトピックのつながりを示す樹形図などが付加されることもあった。こうした詞華集のフォーマットと概念的な「場所」が出会いルネサンスの「コモンプレイスブック」は誕生した。この歴史的経緯についてまとめることができた点は非常に意義深い。 本邦において「コモンプレイスブック」ならびに「ロキ・コムーネス」についての研究は皆無といってよく,この方向へみずからの研究を進められたことは自分のキャリアにおいてのみならず,ルネサンス期のレトリック研究においても,非常に重要な一歩だったといえよう。
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