研究課題/領域番号 |
19J20086
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研究機関 | 総合研究大学院大学 |
研究代表者 |
下田 翔 総合研究大学院大学, 生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | Gタンパク質共役型受容体 / P2Y6受容体 |
研究実績の概要 |
様々な疾患において、後天的な環境要因による発症率が圧倒的に高いことが疫学的に示されてきている。本研究では、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の一つであるP2Y6受容体(P2Y6R)に注目して食事や大気汚染物質等に代表される環境化学物質がどのように生体に作用するかを検証した。申請者はこれまでにP2Y6Rがある親電子物質によって多量体を形成することを見出してきた。環境化学物質は親電子性が高く、タンパク質のシステイン残基に作用することが想定される。そこで申請者はまず、環境化学物質がP2Y6Rのどのシステイン残基を修飾するのかを調べた。P2Y6Rのシステイン残基をセリン残基に置換した変異体を作成し、親電子物質による多量体形成を検証したところ、220番目のシステイン残基の変異体では多量体形成が起こらないことを見出した。このことは、P2Y6Rの220番目のシステイン残基が親電子物質受容体としての機能に重要な役割をもつ可能性を示している。 また、心臓におけるP2Y6Rの生理的役割を解明するため、新生児ラット心筋細胞を用いてP2Y6Rの心筋肥大への関与を調べた。新生児ラット心筋細胞のP2Y6Rを発現抑制させることで、低浸透圧ストレスによる肥大応答と細胞障害が軽減された。ところが、心筋細胞特異的にP2Y6Rを過剰発現させたマウスにおいて、血行力学的圧負荷による心臓の線維化が亢進し、心不全が増悪することがわかった。一方、抗がん剤ドキソルビシン投与によって誘発される酸化ストレス誘発性の心毒性に対しては、P2Y6R欠損による悪化は認められなかった。P2Y6R欠損マウスが圧負荷による突然死(急性心不全)を悪化させる知見とあわせると、心筋P2Y6Rがメカニカルストレス誘発性の心不全の仲介因子として働く一方で、非心筋P2Y6Rは心臓のメカニカルストレス抵抗性(頑健性)を支える役割を担う可能性が示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
環境化学物質によるP2Y6Rの化学的な修飾について調べるため、親電子物質としてP2Y6Rの選択的阻害剤であるMRS2578を使用した。申請者はこれまでの研究で、MRS2578の処置がP2Y6Rを多量体化させることを見出している。MRS2578は親電子性の高い官能基であるイソチオシアネート基を持っており、その化学的特性からシステイン残基と相互作用することが予想される。そこで申請者はP2Y6Rのシステイン残基をセリン残基に置換した変異体を作成し、P2Y6Rのどのシステイン残基が多量体形成に重要かを検証した。P2Y6Rには14個のシステイン残基が存在するが、220番目のシステイン変異体のみ多量体形成が確認されなかった。このことから、P2Y6Rの220番目のシステイン残基が親電子物質の受容に重要である可能性が明らかになった。 一方、心臓におけるP2Y6Rの役割を明らかにするため、新生児ラット心筋細胞(NRCM)を用いてP2Y6Rの肥大刺激に対する応答について調べた。通常のNRCMは低浸透圧刺激により細胞の肥大が認められたが、P2Y6Rノックダウン細胞では細胞の肥大が完全に抑制された。また、過度の低浸透圧ストレスでは細胞傷害が誘発され、この細胞傷害もまたP2Y6Rノックダウンによって抑制された。In vivo実験では、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて心筋細胞特異的にP2Y6Rを過剰発現させ、圧負荷を誘導してその予後を評価した。その結果、心筋細胞のP2Y6Rが圧負荷誘導性の心臓線維化および心不全の増悪因子として働くことを示した。 以上の研究から、P2Y6Rの新たなレドックス制御機構と心筋細胞における病態生理的役割が明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
心筋P2Y6Rが心臓の線維化誘導因子となることは実証できたが、全身性のP2Y6R欠損マウスでも圧負荷による心不全が悪化したことから、P2Y6Rを心不全治療の分子標的と考えて研究を続けることが困難になってきた。一方で、P2Y6Rのシステイン修飾を研究する過程で、タンパク質中のレドックス感受性の高いシステイン残基の多くが、複数のイオウ原子が連続した活性イオウ(システインパースルフィド(Cys-SSH)やシステインポリスルフィド(Cys-S(n)H))を形成していること、心筋細胞においてCys-SSHを生成する主たる酵素がcysteinyl tRNA synthetase 2 (CARS2)であることがわかってきた。当研究室において、CARS2をノックダウンした新生児ラット心筋細胞が、低浸透圧ストレスや有機水銀毒性に対して強い抵抗性を獲得することを新たに見出した。CARS2欠損心筋細胞では低分子活性イオウ化合物量が著しく減少しているものの、タンパク質中の活性イオウ量は高く維持されていることもわかってきた。このことは、CARS2欠損による活性イオウ生成・代謝リモデリングが心臓の頑健性を正に制御する可能性を示している。そこで今後は、CARS2欠損マウスやCARS2過剰発現マウス、およびこれらマウスと心筋梗塞モデルなどと掛け合わせることにより、CARS2や活性イオウが心筋のストレス抵抗性(頑健性)を制御する分子メカニズムの解明を目指す。
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