本研究では、当初はタンパク質(P2Y6受容体)の酸化還元(レドックス)修飾状態を中心に、心臓頑健性を制御する分子メカニズムの提唱を目指してきた。その過程で、タンパク質のみならずあらゆる細胞内レドックス制御に注目することが、心臓頑健性維持の分子メカニズムを明らかにする上で重要である可能性が浮上してきた。そこで、細胞内のレドックス状態を制御する因子として、システインパースルフィドなどの超硫黄分子およびその合成酵素であるシステイニルアミノアシル転移RNA合成酵素(CARS2)に注目し、これらの心臓頑健性維持における役割について解析を行ってきた。前年度までの研究で、CARS2ヘテロ欠損マウスは心臓虚血ストレスに対して脆弱になることを明らかにしてきた。本年度はCARS2ヘテロ欠損マウスにおける心臓虚血ストレス脆弱性の分子メカニズムを明らかにし、超硫黄分子およびCARS2の心臓虚血ストレス耐性における重要性を明らかにすることを目的とした。 CARS2をノックダウンした心筋細胞を低酸素ストレスに曝露すると、野生型心筋細胞と比較してミトコンドリア膜電位が有意に低下することを明らかにした。このことは、CARS2が虚血ストレス時のミトコンドリア機能維持に必要であることを示している。CARS2ヘテロ欠損マウスに心臓虚血ストレスを誘導したのち、心臓組織中の超硫黄分子量について蛍光プローブを用いた解析を行ったところ、CARS2ヘテロ欠損マウスでは野生型マウスと比較して超硫黄分子量が顕著に減少することも明らかにした。以上の結果はCARS2によって合成される超硫黄分子が、虚血時のミトコンドリア機能維持を介して心臓虚血ストレス耐性に関与している可能性を示唆している。 本研究で得られた結果は、超硫黄分子の合成・代謝が心臓頑健性維持に重要である可能性を示しており、心不全の新たな治療標的となりうることが期待される。
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