研究課題/領域番号 |
19J20157
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
山崎 嘉己 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 人工聴覚上皮 / フィードバック制御 / Hodgkin-Huxleyモデル |
研究実績の概要 |
ヒトの聴覚器官は,外耳,中耳および内耳から構成される.外耳は集音する役割があり,その音は中耳を通り,内耳へと伝えられる.内耳には螺旋構造を有する蝸牛があり,音の情報は蝸牛を介して脳に伝えられる.蝸牛は基底膜とライスネル膜により3つの空間に仕切られており,その内部はリンパ液で満たされている.蝸牛の螺旋を引き延ばすと,基底膜は台形状の膜であり,長手方向に沿って各位置の共振周波数が異なる.つまり,入力音の周波数によって共振する位置が変化するため,基底膜はアナログフーリエ変換器として機能する.基底膜の振動は,その上部に約3,500個整列した内有毛細胞によって電気信号に変換され,聴神経を介して脳に伝えられる.このとき,内有毛細胞に隣接する約12,000個の外有毛細胞が基底膜の振動を制御することで,20 Hzから20 kHzにわたる周波数弁別能や0 dBから120 dBにわたるダイナミックレンジを実現している.本研究では,これらの機能を機械的に模倣した人工聴覚上皮デバイスの開発を目的とし,次世代型人工内耳の開発に貢献する. 本年度は,人工聴覚上皮を用いた音認識プロセスのモデル化を行った.先行研究で行われた動物実験の結果と数理モデルから得られる計算結果の比較により,モデルの妥当性が示され,今後デバイス開発において設計指針となることが期待される.人工聴覚上皮を用いた進行波の計測や蝸牛の螺旋構造が振動特性に与える影響の評価も行っており,生体工学的な観点から新奇な考察が可能となる.動物実験に向けたデバイス開発にも取り組み始めており,所属研究室において圧電膜の自作に成功している.また,話者認識技術の援用により,人工聴覚上皮から得られた時系列データのクラス分類にも成功しており,機械学習による人工聴覚上皮の高機能化にも挑戦している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は,人工聴覚上皮を用いた音認識プロセスのモデル化に取り組んだ.人工聴覚上皮の振動をバネマスダンパ系に基づいて解析する.このとき,外有毛細胞が行うフィードバック制御を含めることにより,基底膜の振動を再現したモデルとする.振動解析では,数値計算とバイモルフ型圧電カンチレバを用いた実験により評価する.共振周波数の音刺激を入力すると,振動振幅が入力の1/3乗で増加することが数値解析および実験の結果より明らかになった.これは,哺乳類の基底膜振動に見られる応答であり,生理機構を模倣したデバイス開発が可能であることがわかる.さらに,バネマスダンパ系によって表された基底膜の振動を圧電効果により起電変換し,神経の発火を表すHodgkin-Huxleyモデルに接続する.これにより,人工聴覚上皮デバイスによる聴神経刺激のモデル化が可能となる.数値解析の結果より,フィードバック制御がない場合は神経の発火が観測できないが,フィードバック制御がある場合,小さな音刺激に対しても神経の発火が見られることから,外有毛細胞を模倣した振動制御によりダイナミックレンジの拡大が可能であることがわかった.また,先行研究の動物実験と比較を行い,モデルの妥当性を評価した.動物実験では,人工聴覚上皮を用いてモルモットの聴神経を刺激し,聴性脳幹反応の計測が行われた.結果より,刺激音の振幅に対して脳幹反応の振幅がシグモイド関数的に変化することがわかっている.数値解析では,入力の振幅と神経の発火頻度との関係に注目した.入力が小さいときは,神経の発火が見られないが,入力の増加とともに発火が確認され,その頻度は増加し,最終的には一定値に収束する.この結果を動物実験と比較すると,定性的に一致していることがわかった.つまり,臨床応用に向けたデバイス開発の第一段階として,数理モデルの妥当性が示され,本内容について論文を投稿中である.
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今後の研究の推進方策 |
次の2項目に重点を置き,研究を遂行する. 第1に,液中における人工聴覚上皮の振動特性評価を行う.人工聴覚上皮は,蝸牛に埋め込むことで聴神経を刺激するが,蝸牛内はリンパ液で満たされているため,人工聴覚上皮はリンパ液と連成振動する.空気中における振動とは異なる応答を示すと考えられるため,Lighthillの直線型蝸牛モデルを作製し,人工聴覚上皮に対する周囲流体の影響を解析する.計測実験では,音響インピーダンスの不整合により液中の振動刺激が困難であると予想される.所属研究室が有する3次元光造形装置を用いて蝸牛モデルを作製し,これまでの経験に基づいて計測系を改良する.得られた結果を用いて,前年度に構築した数理モデルを改良し,デバイスの最適化へと発展させる. 第2に,動物実験用デバイスの作製工程を確立する.2019年度では,厚み10μmの市販の圧電膜を使用して埋め込み可能なサイズのデバイス作製および評価を行った.1次モードの共振周波数が64 kHzと計測されたが,ヒトの可聴域である20Hzから20kHzと比較すると過大であるため,低周波数化が必要となる.そこで,所属研究室において圧電薄膜の作製に取り掛かり,粉体から厚み1-5μmの成膜に成功した.これにより,共振周波数の低下が可能になるため,デバイス設計における制限を大幅に緩和できると考えられる.本年度は,これらの技術を融合し,埋め込み可能なサイズかつ周波数帯域が可聴域と重複しているデバイスの開発を行う.生体適合性が示されているP(VDF-TrFE)を使用しているが,圧電効果による変換効率が低いため,螺旋神経節細胞の刺激に適した電極の設計が必要となる.所属研究室が有するマスクレス露光装置を用いて多数の電極パターンを作製し,人工聴覚上皮の最適化を行う.以上より得られた結果をとりまとめ,国際学術雑誌への投稿を行う.
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