近年、細胞内化学反応に関わる遺伝子を特定することによって、分子生物学的な観点から細胞内の機械的性質を明らかにする研究が行われてきた。一方、細胞内の非平衡性を定量化することで、機械的性質とは対極をなす細胞の生物らしさを抽出する研究が最近では幅広く行われている。私は、大域的な測定から得られる巨視的な粘性率に注目して、 細胞内非平衡性の定量化を目指す細胞内レオロジーという新たな理論的枠組みを提案した。以下に、2021年度の研究課題に関して実施した二つの研究を報告する。 (1)反対称粘性率をもつ二次元液滴に作用する流体力学的な揚力 本研究では、二次元流体内を移動する液体ドメインに働く力に対する反対称粘性率の影響を議論した。生体系では、自己回転する生体分子マシンがドメイン内部に局在化することで脂質ドメインを形成しているため、ドメインの内外で異なる反対称粘性率を考慮した。二次元流体から外部への運動量の流出を導入することで、移動するドメインに働く流体力学的な力を計算した。ドメイン内外で反対称粘性率が異なる場合にのみ、揚力が発生することが明らかになった。この成果は、Physical Review E誌から出版された。 (2)反対称粘性率を持つ流体におけるアクティブな酵素の集団運動 本研究では、生体系におけるアクティブマターの振る舞いを理解するために、反対称粘性率をもつ流体における酵素タンパク質の集団運動を解析する。反対称粘性率をもつ二次元流体中に二つの酵素分子を導入し、粒子間相互作用を考慮した二体問題を解析した。解析の結果、反対称粘性率が存在しない平衡状態では、二粒子間距離が発散するような振る舞いが見られた。一方、アクティブな流体の場合、二粒子が螺旋状の軌跡を示すことが分かった。反対称粘性率が十分大きい極限では、酵素が円状と放射状軌道の二種類の振動的な振る舞いを示すことが明らかになった。
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