研究課題/領域番号 |
19J20281
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
出井 勇人 早稲田大学, 理工学術院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 神経発達障害 / 自閉スペクトラム症 / 計算論的精神医学 / 認知発達ロボティクス / 予測符号化 / 再帰型神経回路モデル / 不確実性 / 身体性 |
研究実績の概要 |
本研究は、神経回路モデルとロボットを用いて、精神神経発達障害をモデル化し、その症状形成メカニズムを理解することを目的としている。特に、予測学習を通して感覚情報の精度の予測が可能な神経回路モデルを用いることで、感覚精度の予測の異常と精神症状との関係性を調べている。本年度は、感覚精度の予測が過小評価されてしまう神経系の要因について検討した。特に、脳画像研究や理論的な研究で示唆されてきた、シナプス結合の機能的な断裂に着目し、神経回路モデルにシミュレートすることで、ロボットの学習と環境変化に対する反応生に与える影響を調べた。実験では、感覚情報の逐次的な変化を表現する低次のニューロンと大局的な文脈を表現する高次のニューロンが階層をなす再帰型神経回路モデルを用いて、これに制御されたロボットに4パターンの視覚運動パターンを予測学習させた。その後、視覚情報の変化に応じた行動の切り替え実験を行なった。その結果、低次のニューロンと高次のニューロンとの階層間の機能的な断裂がシミュレートされた神経回路モデルにおいて、感覚精度の過小評価とともに高次の予測における精度の減少がみられた。その結果、ロボットの行動としては環境変化に対する過敏性と鈍麻性が同時に一つの主体に観察されることがあった。また、比較実験として、低次のニューロン間の局所的な機能的断裂をシミュレートした結果、感覚精度の過小評価による感覚鈍麻は観察されたが、高次の予測の精度に影響はなく、感覚の過敏性もみられなかった。さらに、シナプス結合の発達を解析したところ、階層間の断裂による階層間のシナプス結合の未発達、および、局所的な断裂における局所的なシナプス結合の未発達が観察された。これらの結果は自閉スペクトラム症などで観察される感覚の特異性が生じるメカニズムを提示する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、予測学習における感覚情報の精度を学習可能な神経回路モデルを用いて、その感覚精度の予測の破綻が感覚過剰/鈍麻などの運動異常に繋がるモデルを検討している。昨年度は、感覚精度の過小・過大評価が行動柔軟性に与える直接的な影響を調べるとともに、感覚精度の過大評価に至る神経系の原因を調査し、そこから認知の柔軟性の低下や感覚過敏、運動のぎこちなさといった様々な症状がニューロンの活動生の異常から生じうることを示した。さらに、感覚精度の過大評価につながる神経系の原因を調査する過程で、そのような神経回路モデルにおけるシナプスの過剰発達が観察することができた。今年度は、その発展として感覚精度の過小評価に至る原因を調査し、神経発達障害における感覚の特異性の背景メカニズムを提示し、そのような神経回路モデルにおいては逆にシナプスの未発達が観察された。これらの結果は、見かけ上似通った行動異常が異なる神経メカニズムから生じ得ることを示すと同時に、それらの病態が神経発達や認知行動特性の多面的な評価により区別できる可能性を示唆し、神経発達障害のサブグループの特定といった貢献が期待される。 また、これまで進めた3つの研究について、それぞれ国際ジャーナル誌に採択・掲載されており、予定通りの成果を得ている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で,自閉スペクトラム症に観察されるような限定的で反復的な行動生成が,感覚精度の過大評価および過小評価の双方から,異なるプロセスにより生じ得ることを実験的に示した.また,昨年度の研究においては,感覚精度の過大評価が,ニューロンの活動性が一様になることが要因となって自己組織的に生じ得ることを示し,同時に過剰なシナプス結合の発達や過敏なニューロン活動との結びつきを示した.さらには,感覚精度の過小評価が,シナプス結合の機能的な断裂から自己組織的に生じ得ることを示し,同時にシナプス結合の未発達を確認した.これらの研究成果はそれぞれ論文としてまとめ,国際ジャーナル誌に採択・掲載された.本年度は,これら3つの一連の研究結果を一つの博士論文としてまとめるために解析を加える.具体的には以下について進める.(1)それぞれの実験で得られたデータをもとにニューロン活動の過敏性,シナプス発達の解析結果を比較する.(2)感覚精度やより高次の予測における精度など計算過程・情報表現の解析結果を比較する.(3)ロボットの運動の安定性,汎化能力,行動柔軟性を比較する.これらを通して,神経回路,計算処理,認知,行動といった様々なレベルでの比較を行い,それぞれのレベルでの実際の神経発達障害の知見との結びつきを考察する.それにより,サブグループの特定や環境調整的な介入法を開発する上での理論的な貢献を整理し,研究を総括する.
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