研究実績の概要 |
ダークマターの性質解明は宇宙物理学, 素粒子物理学の重要な未解決問題である. 宇宙の観測などの間接的証拠により, ダークマターの存在は強力に示唆されているが, 未だ直接検出には至っていない. キセノン気液2相式の実験は, ダークマターと標的核の原子核反跳と, 背景事象由来だと考えられる電子反跳を区別することが可能で, 近年大きな成果を上げている. ダークマターの直接探索実験において, 現状の感度は主に背景事象によって制限されている. とりわけ, 中性子は検出器素材内からも放出され, 標的核と原子核反跳を起こすためダークマターの信号と原理的に区別ができず, 非常に避けづらい背景事象の一つである. 本研究では, XENONnT実験の周囲に中性子反同時計測システムを構築することによって, 中性子由来の事象をタグし, ダークマター候補事象から除くことを目的とする. 反同時計測システムは水チェレンコフ検出器をもちいて, 中性子を水や溶融したガドリニウムによって吸収させ, γ線を放出させる. 120本の光電子増倍管によってこのγ線由来のチェレンコフ光をタグする. このシステムを設計し, 導入する. 光電子増倍管については事前に全ての特性を定量的に評価した上, 最適なデザインを考案する. また, データを併用したシミュレーションによって中性子タグ効率を精度良く評価する. データ取得中はシステムの運用監視を行い, 不測の事態に対処する. また, 検出器の較正, 安定性評価に重要な光源や放射線源についても作製し, 自動で調整, 監視が行われるシステムを構築する. データ取得後は, キセノンTPCのデータと併せて, 世界最高感度でのダークマター直接探索を行い, 直接検出をめざす.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は光電子増倍管の全数試験をおこなった. ほぼ全ての光電子増倍管は非常に高い品質で統一されており, スペアを含めて実際の実験に導入した際に問題がないことが確認された. この試験の結果を元にしたモンテカルロシミュレーションによってシステムのデザインが決定され, タグ効率が定量的に評価された. このシミュレーションは光電子増倍管からの波形を再現し, 実際の解析と同様の方法によってタグ効率を評価できる非常に精度の高いものである. また, 種々の物理の不定性についての評価も進めており, 系統誤差を確度よく評価することができている. また, 中性子反同時計測システム導入時に較正を行うための光源として, レーザーサブシステムを作製した. 前述のシミュレーションによって, システム内の水の透過率, そして反射材の反射率によってタグ効率が大きく影響を受けることが判明した. これらの影響を評価し, システムの安定性を確認するため, レーザー光を定期的に入射することを計画した. このレーザーの光学特性について評価し, インストールについて具体的に提案をおこなった. また, 前述の開発したシミュレーションツールを用いて,レーザーシステムの挙動についても定量的に評価することができた. 共同研究者と協力して, 中性子反同時計測システムのデータ収集システムについても試験をおこなった. 一部COVID-19の影響で,現地作業に遅れが生じているが, 典型的なデータについては収集することができた.
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今後の研究の推進方策 |
本年度はまず, XENONnT実験のキセノンTPCのインストールと並行して, 中性子反同時計測システムの構築を行う. COVID-19の影響で現地での作業が見込めないため, 基礎的な光電子増倍管の特性についてリモートでチェックできるシステムおよび体制を構築する. この作業と同時にあらゆる解析の基礎となる検出器の基礎パラメータを取得する. また, 光源を用いた較正システムに関しても, 同時に構築を行い, システムを包括的に試験する. これらの基礎パラメータをシミュレーションに組み込み, 最終的なタグ効率評価を行う. 前年度の研究によってほぼ全ての実装, 検討が終えられており, 系統誤差を含めて定量的に評価できると考えられる. また, 得られたシミュレーションをもちいて, 特に機械学習の技術を用いた新たなタグアルゴリズムの開発, 評価を行いソフトウェア面での性能向上を模索する. また,データ取得開始後は, システムの運用監視を行い, 不測の事態にいち早く対処する. この運用監視のためのシステムも自動化し,かつリモートで実行可能なものになるよう準備を行う. レーザーサブシステム以外もこのようにコントロールができるよう準備されており, 全体のシステムとの連携を行えるよう調整を行う. データ取得終了後にはキセノンTPCのデータと併せて速やかに結果を発表できるよう準備を行う. この結果は現在の世界最高感度を更新する見込みであり, ダークマターの直接検出が期待される.
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