研究課題/領域番号 |
19J20677
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
大木 大悟 名古屋大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 有機導体 / ディラック電子系 / 非一様電荷秩序 |
研究実績の概要 |
今年度は初めに、α-(BEDT-TTF)2I3(α-ET)の電荷秩序(CO)相とゼロ質量ディラック電子相の相境界近傍で観測されている、電気抵抗率測定による直流ギャップと光学伝導率測定による光学ギャップが異なる圧力依存性を示す原因の解明を行った。原因の候補として、強誘電性を有するα-ETのCO相で自然に存在する分極ベクトルの符号反転を伴うドメインウォールによる伝導チャネルを仮定して解析を行った。計算には基底状態にドメインウォールが1つ現れるシリンダー境界条件を適用した拡張ハバードモデルを用い、中野久保公式に基づいて伝導率を算出した。結果として、バンド間の直接遷移より算出される光学ギャップに比べて、ドメインウォール上に束縛された電子の伝導により直流ギャップ大きく抑制されることを示した。 続いて、圧力下のα-ETのCO相転移近傍におけるゼーベック係数の特異な温度依存性のメカニズムについて研究を行った。α-ETのゼーベック係数では相転移近傍でピーク構造を有すること、相転移に伴い符号反転が生じることが未解明問題となっている。これらの振舞いが生じる原因の解明のため、一様な系で中野久保公式による解析を行った。結果として、T-matrix近似による不純物散乱効果と、トランスファー積分値の温度依存性や電子間相互作用により生じる電子-ホール非対称性の寄与を考慮することで実験の振舞いが説明可能であることを示した。 また、常圧のα-ETのCO相転移近傍で伝導率に異方性が現れる原因のについても調べた。ディラックコーンの傾斜・異方性速度の変化による群速度の異方性の変化に着目し、拡張ハバードモデルとWeylモデルにより群速度を計算した。結果として、相転移近傍で傾斜速度に比べて異方性速度が顕著に増大し、これが群速度を大きく変化させることが分かった。この寄与を考慮して算出された伝導率は実験の傾向をよく再現する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は有機ディラック電子系における強相関効果が、一様な系での輸送現象にどのような寄与を及ぼすのかを明らかにすることを目的として研究を進行した。 結果として、電荷秩序相転移の近傍で実験的に観測されているゼーベック係数の特異な振舞いや、伝導率異方性などの傾向が電子系由来のメカニズムで説明可能であることを示した。しかし、行った計算の中ではいくつかの大幅な簡単化が行われており、次年度以降はより現実の系に即した条件で解析を行う必要がある。例えば、本来物質の結晶構造や電子の遮蔽効果などを反映する電子間相互作用に関して、本年度までの解析では最近接サイト間のみを恣意的なパラメタとして取り入れている。また、相転移前後でのサイト間相互作用の値の変化も無視している。これらの効果については今年度以降、東京大学物性研究所が提供している第一原理計算から電子の遮蔽効果を考慮して相互作用の値を導出するソフトウェア「RESPACK」を用いることで取り入れていく予定である。 また今年度は、スピンギャップの計算と、直流・光学ギャップを含めた三つのギャップの間の比較を行っていない。これについても次年度の課題とする。スピンギャップを計算するためには、スピンの自由度を考慮し、平均場近似の範囲では無視している実空間でのスピン相関関数を計算する必要がある。このスピン相関関数を計算するため、今後は変分モンテカルロ法による解析を行う。変分モンテカルロ法で正確な計算を行うためには、前段階の平均場近似の解析でエネルギーの低い安定解を予め選定しておく必要がある。 しかし本年度行った計算では、RESPACKにより作成した有効模型を使用して得られる平均場解には、相互作用の距離や値のカットオフの選び方により異なる準安定解が複数存在することが判明した。そのため、次年度はまずこれらの中から実験の結果と整合するものを選定する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
前年度からの発展として、本年度はα-(BEDT-TTF)2I3における電荷秩序の実空間構造を取り入れた解析を行う。計算手法としては主に変分モンテカルロ法とその前段階の計算として平均場近似を使用する。 具体的な計算手順としてまず、α-(BEDT-TTF)2I3のX線構造データを元にQuantum Espressoパッケージによる第一原理計算を行い、ワニエ軌道フィッティングにより伝導面上の有効モデルを作成する。計算には東京大学の物性研究所により公開されているソフトウェア「RESPACK」を使用する。RESPACKにより、これまで定数として与えていた相互作用パラメタを第一原理的に導出することが可能となる。 続いて、第一原理計算により作成した実空間有効モデルを用いて、サイト間クーロン相互作用の距離によるカットオフ依存性を調べる。まず平均場近似の範囲で、カットオフによりどのようなオーダーが低温の安定解となるのかを把握するとともに、実験と整合する電荷秩序解が実現する相互作用パラメタの範囲を数値的に選定する。 続いて変分モンテカルロ法による解析を行い、平均場近似で得られた解を初期値として実空間におけるスピン相関関数を計算し、スピンギャップを評価する。 以上の計算をドメインウォールがある場合とない場合の2パターンについてそれぞれ行い、ドメインウォールを有するような特定の物質表面を考慮する場合にのみ、ドメインウォール付近でスピンシングレットのフラストレーションに伴うスピン秩序が発現することを具体的に示す。 平均場近似および変分モンテカルロ法によるモデル解析は、東京大学の物性研究所が公開している変分モンテカルロ法計算プログラム「mVMC」と平均場近似プログラム「UHF」を使用する。本計算を行う上での主な課題として、ドメインウォールを有する境界条件を課すためのプログラムの拡張が必要となる。
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