今年度はまず、有機導体α-(BEDT-TSeF)2I3の絶縁体化機構を、次近接相互作用までを含む拡張ハバードモデルの解析により明らかにした。α-(BEDT-TSeF)2I3はスピン軌道結合(SOC)による小さなギャップがバンド上に存在している。また、絶縁体化の前後で空間反転対称性は保たれているため、類縁物質であるα-(BEDT-TTF)2I3で観測されている電荷秩序とは異なる絶縁体化が生じていると考えられる。本研究では、SOCを考慮した第一原理計算とWannierフィッティングによりtransfer積分値とクーロン相互作用を導出した。構築したモデルをHartree-Fock近似で扱った結果として、絶縁体化前の小さなギャップがFock項の寄与により低温で増強され、実験の傾向を再現することが分かった。また、このギャップの増強は他のディラック電子系で見出されている相互作用誘起の量子スピンホール状態が現れるメカニズムと密接に関係していることを見出した。 本年度はさらに、α-(BEDT-TTF)2I3とα-(BEDT-TSeF)2I3の絶縁体化機構の違いを生む原因解明を目的とした研究を行った。前回の研究と同様に、第一原理計算により両物質のモデルを構築し、物性研により公開されている多変数変分モンテカルロ法プログラム『mVMC』を使用して基底状態の解析を行った。結果として、両物質のtransfer積分値やクーロン相互作用の異方性のわずかな違いによって、α-(BEDT-TTF)2I3では横ストライプ電荷秩序状態が生じ、α-(BEDT-TSeF)2I3では秩序状態がないにもかかわらず、有限の電荷ギャップとスピンギャップが存在する非自明な電子状態が実現していることを見出した。
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