本年度の成果として,適応的な行動状態の移り変わりを,脳がどのように表象するのかについての研究成果を取りまとめた.具体的には,以下2項目に取り組んだ.1) 適応行動を制御する嗅覚神経回路機構の解明Ⅰ:匂い刺激を用いた頭部固定行動課題系を用いて,嗅覚神経回路内で適応行動の実現に重要と考えられている,ventral tenia tecta(vTT)の電気生理記録を行った.その結果,個々のvTTニューロンは行動課題において,動物の移りゆく行動状態(匂い弁別時 → 報酬期待時 → 報酬獲得時)のそれぞれに特異的な応答を示すことを発見した.次に同じ課題系を用いて,この高次情報が内側前頭皮質からvTTへの入力によって供給されているかを因果的に証明するため,遺伝学的手法を組み合わせて研究を行い,この証拠となるデータを得た.さらに同じ神経回路の遺伝学的抑制が,適応行動の学習に影響を与えるデータも得た.2) 適応行動を制御する嗅覚神経回路機構の解明Ⅱ:これまで論文化してきた手法と同様にGo/No-Go課題を用いて,嗅覚神経回路内で適応行動の学習に重要と考えられる,anterior cortical amygdaloid nucleus(ACo)の電気生理記録データ収集につとめた.その結果,各領域で特異的な行動状態応答が見出されたため,未開拓であった嗅皮質内亜領域の電気生理学的特徴が世界で初めて検出されたとともに,新たな嗅覚回路の情報処理について明らかにした.そして,動物の行動シーン信号はvTT等を通じて高次領域から嗅皮質へと供給され,嗅皮質亜領域では,それらの入出力特性に依存した独自の情報処理が展開されるという「匂い機能地図」仮説を,博士研究の集大成として提案した.この仮説は,嗅覚回路上で最も謎の多い嗅皮質の新機能を提案するという意味で,嗅覚および感覚研究の未来に新たな洞察を与えるものである.
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