研究課題
量子スピン液体におけるランダムネスの効果を理解する目的のもと、量子スピン液体候補物質1T-TaS2に対して熱伝導・比熱測定を行い、論文にまとめてPhysical Review Research誌に投稿した。本年度はSサイトにSeをドープした試料と、電子線照射によってS,Ta両サイトに欠損を作った試料に対して熱伝導・比熱測定を行い、前年度までに測定していたクリーンな系の結果と合わせて議論した。その結果、クリーンな系で観測された温度に比例した熱伝導は3%のSeドープで半減し、25%のSeドープをした試料と電子線照射をした試料では観測されなかった。このことから、クリーンな系で存在する遍歴的なスピン励起はランダムネスで強く抑制されることがわかった。さらに、比熱測定でも温度に比例した項が観測されたが、その磁場依存性は熱伝導とは異なるものだった。これは、熱伝導で観測された遍歴的な励起に加えて局在的な励起も存在することを意味する。さらなる解析の結果、すべての試料が比熱の磁場・温度依存性についてスケーリング則を示すことを発見した。クリーンな系とSeドープをした系では同じ関数形のスケーリング則が観測され、その関数形は、量子スピン液体中に孤立スピンが存在してそれらがランダムシングレットを形成して局在的な励起を生じる、という描像に基づく理論で予想された関数と同じであり、量子スピン液体と孤立スピンの微視的な共存状態を強く裏付ける。この研究は量子スピン液体におけるランダムネスの影響を初めて系統的に調べたものであり、量子スピン液体を理解するうえで重要な知見を与える。さらに、9月からはMassachusetts Institute of TechnologyのCheckelskyグループに滞在して様々な物質合成手法を学んでいる。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度の最大の成果は、量子スピン液体候補物質である1T-TaS2においてランダムネスの影響を系統的に調べ、その微視的な描像を明らかにしたことである。これまでに測定していた1T-TaS2に加え、新たにSeドープした試料、電子線照射した試料についても低温熱伝導・比熱測定を行い、ランダムネスが量子スピン液体の低エネルギー励起に大きな影響を与えることを示した。とくにランダムネスが量子スピン液体の遍歴的な励起を抑制することを明らかにし、これまで紛糾していた量子スピン液体候補物質の熱伝導測定の議論に統一的な解釈を与えた。また、比熱が特徴的なスケーリング則に従うことを発見し、量子スピン液体がランダムネスによって生じた孤立スピンと共存しているという微視的な描像、さらにその孤立スピンが互いにランダムシングレットを形成して局在的な励起を生じることを明らかにした。さらに、8月にはフランスで開催されたEmergent Phenomena in Correlated Quantum Matter - Summer Schoolに参加し、これらの成果をまとめてポスター発表を行い、海外の量子スピン系を研究する方々と議論した。このように計画通りにプロジェクトを進めたことに加え、前年度までに銅酸化物超伝導体HgBa2CuO4+δの擬ギャップ相での磁気トルク測定において、結晶の対角方向に発達する非従来型ネマティシティを伴う対称性の破れを発見しており、本年度は追加実験を行ってそれらの成果を論文にまとめてNature Communication誌で発表した。さらにその論文が評価され、Editors’ Highlightに選ばれた。さらに、9月からマサチューセッツ工科大学に滞在し、結晶の合成方法を学びながらトポロジカル物性に関する新しいプロジェクトを進めており、今後の成果へとつながることが期待される。
次年度の4月から8月までは引き続きCheckelskyグループに滞在して物質合成手法を学ぶ予定である。本年度はとくにCheckelskyグループが得意とするトポロジカル物性について取り組んでおり、二つのディラック半金属候補物質の合成を行っている。一つは、超伝導相をもつ物質で、ディラック点と超伝導の共存状態でトポロジカル超伝導相が出現することを期待している。この物質はtransition metal dichalcogenideに類似した構造を持つことから、同じ物質群に属する1T-TaS2とも共通した合成手法を学ぶことができる。もう一つは、強磁性相を持つ物質で、時間反転対称性の破れによってワイル半金属相が出現することを期待している。この物質は希土類元素が幾何学的なフラストレーションをもつ格子を組むため、元素置換によって反強磁性相互作用を強くすることで、幾何学的なフラストレーションをもつ磁性体を作れるという面白さもある。現在は大学が閉鎖されているため、数値計算を行って両物質への理解を深めたい。次年度の9月から3月は、京都大学に戻り、磁気トルク測定を行う。Checkelskyグループの下で合成した試料を持ち帰り、磁気異方性を測定する。さらに、1T-TaS2の磁気トルク測定ができるよう、極低温下での測定セットアップを立ち上げる。
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Physical Review Research
巻: 2 ページ: 013099
10.1103/PhysRevResearch.2.013099
Nature Communications
巻: 10 ページ: 3282
doi.org/10.1038/s41467-019-11200-1