研究課題/領域番号 |
19J21377
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
木村 風雅 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 教友の学説 / サラフ主義 / ガザーリー |
研究実績の概要 |
現代のイスラーム思潮を特徴づけるサラフ主義(イスラームの伝統的な学問伝統に批判的再考を促し、初期イスラーム共同体に回帰することを志向する思想運動)の理論的基盤を探求する目的のため、本研究ではこれまで教友(サラフを構成する最初期イスラーム教徒で、主に預言者ムハンマドの生前の弟子たち)の法学説の権威と役割に関して、後代の法学者との権威関係に着目して古典イスラーム法理学の基礎理論を探求してきた。 採用1年目の2019年度には、スンナ派イスラーム神学や伝承学における教友の特権(神学においては天国入りを預言者から保証された教友をはじめとする教友一般への賞賛の信条化や、伝承学においては預言者伝承の伝え手に通常課される「伝承者批判(al-jarh wa al-taadil)」が教友には免除されていること)を確認した上で、カリフ位の簒奪者の徒党とされる教友を批判するシーア派とは異なり(*11-12世紀モロッコ・フェズのアブー・バクル・イブン・アラビー(Abu Bakr Ibn al-Arabi, d. 1148)が伝えているように、実際にシーア派ではスンナ派が賞賛する教友を不信仰者(kafir)とすることを信条としていたことが知られている)、スンナ派ではいかに教友たちを擁護し、教友の知的伝統を「正統」に自らが受け継いでいるかが宗派としてのアイデンティティになっていることを確認した。さらに、これらスンナ派神学や伝承学での教友の特権的地位とは裏腹に、12世紀の大学者ガザーリー(Abu Hamid al-Ghazali, d. 1111)が明言するように、法学(少なくとも法理学)においては「神学で賞賛される教友の地位を、法学における彼らの法学説の判例的拘束性/規範性に直結させるべきでない」とする思想が確認され、法学においては後代の法学者たちに対して教友の権威を制限しようとする試みが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究はアブー・ハーミド・ガザーリー(Abu Hamid al-Ghazali, d. 1111)の個人研究(特に彼が晩年に強調する「サラフ(初期信仰共同体)」という規範概念の分析)から出発し、近現代のイスラーム思潮の1つであるサラフ主義とガザーリーなど古典の時代のそれを比較研究することを企図していた。 ガザーリーは現代でも最もよく読まれるイスラーム思想家の一人であり、中世では彼の弟子であるアブー・バクル・イブン・アラビー(Abu Bakr Ibn al-Arabi, d. 1148)や、彼の著作に影響を受けたアーミディー、彼の著作注釈を残しているハディース学者のイラーキー(Zayn al-Din al-'Iraqi, d. 1404)などに着目し、中世から近世までの思想史分析を研究方法として策定していた。 本年度の研究では、特にガザーリーが最晩年に残した本邦未翻訳の著作を注釈・分析し、神学における「サラフ」の概念が外来の学問に由来する思弁神学を批判するための足場として用いられていたことを明らかにした。 特に当初の計画以上の研究の進展としては、神学や信仰箇条におけるサラフの記述が、法学や伝承学など他のイスラーム諸学にも影響を与え、スンナ派独自のサラフ・教友(サラフの第一世代で預言者の弟子)観としてシーア派との神学的相違だけでなく伝承学や法学などへの実際的影響も推し量ることができたことがあげられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進の方策としては、スンナ派神学・信仰箇条論における独自の教友・サラフ観や描写が、伝承学や法学など他のイスラーム諸学にどのような影響を与えているかを具体的に分析することがあげられる。 例えばスンナ派伝承学では、後代のムスリムの規範とされるサラフ(初期ムスリム3世代)の第1世代に当たる教友(Sahaba)に関して特別な地位を与えている。具体的には、彼ら教友の多くが預言者の弟子であったことから、伝承の伝え手として誤りをおかすことが想定されないとする「公正('adl)」の概念が付与されている。 他に法学の分野では、本研究対象のガザーリーが彼の法理学書『ムスタスファー(al-Mustasfa min 'Ilm al-'Usul)』の中で述べているように、スンナ派神学では確かに教友を賞賛すべき卓越した存在とは認めつつも、法学では後代の法学者に対して教友たちの学説に特別な権威を認めるべきでないとする見解が生まれる。 このように、シーア派とは異なり、預言者の教友を通じた伝承をもとに法学や神学を発展させるスンナ派の内部においても、サラフや教友の地位・特権・役割は学問分野ごとに揺れ動いている。今後の研究ではこれら各学問分野における教友の描写を比較研究したアラーイー(Salaf Din al-'Alai, d. 1359)の著作に着目し、ガザーリーを含むシャーフィイー派の学問・法理学思想史の中で特に教友の果たした規範的役割を明らかにする。
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