ベイツ型擬態は、毒を持たない種が毒を持つ種や味のまずい種に姿を似せることで、捕食を回避する戦略のことである。本研究では、擬態モルフと非擬態モルフからなるベイツ型擬態の遺伝的多型に着目し、その維持機構とそれに関連した地理的変異・季節変動パターンを対象に、数理モデルを用いた理論的予測と野外実証データに基づく予測の検証を行う。 これまでベイツ型擬態多型の維持は負の頻度依存選択によって説明されてきたが、擬態種とモデル種の出現時期のミスマッチに起因する選択の時間変動によっても説明できる可能性がある。本年度(2021年4月~2022年9月)は、昨年度(2020年度)に引き続き、野外出現データ分析を行った。GBIF(地球規模生物多様性情報機構)が提供しているデータベースから、アゲハチョウ属擬態種とそのモデル種の出現データを取得し、擬態種とモデル種の出現時期のミスマッチを算出した。解析の結果、ミスマッチの割合が高いほど擬態多型である確率が高いという傾向が見られ、統計的仮説検定でもこの傾向が支持された。一方で、野外出現データの偏りや対象種の少なさから、出現時期の算出や系統的相関の評価に課題が残った。 また本年度は、ベイツ型擬態多型の地理的分布パターンに関する理論的研究も行った。ベイツ型擬態種は古典的予測に反してモデル種よりも広い分布域を持つ例が少なくない。このような分布パターンが生じる条件とメカニズムを調べるため、捕食者の生得的忌避と移動分散を考慮した集団遺伝モデルの構築と解析を行った。その結果、モデル種とベイツ型擬態の両方が不在でも捕食者の生得的忌避が維持されうることや、モデル種の分布域内外で捕食者が移動分散することでモデル種の分布域外でも捕食者の生得的忌避が維持されうることなどが分かった。これらの成果を第68回日本生態学会大会にて発表し、ポスター賞最優秀賞を受賞した。
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