所属研究室では長年にわたり金属基板上のチオール分子を対象に研究を行っており,本研究員は研究対象を金属基板から金属ナノ粒子へと展開した先駆的な研究を遂行している。本年度は主に2種類の測定手法を利用して光照射後のチオール分子中の電荷(電子)移動ダイナミックスに関する相補的な知見を得た。放射光照射にもとづく非接触な分子の導電性測定を行い,導電性の観点から電荷移動過程を評価した。広島大学が所有する放射光施設HiSORにある軽元素測定に優れたビームライン13においてメルカプト安息香酸メチル誘導体を被覆した金ナノ粒子のX線吸収端微細構造スペクトルおよび電子分光スペクトルを観測した。励起光のエネルギーを選定しメトキシ基を選択的に励起することで生じた電子の金ナノ粒子への電荷移動時間をコアホールクロック法にもとづく解析から決定した。また,高エネルギー加速器研究機構Photon Factoryビームライン2Bにおいて飛行時間分解型質量分析実験を行った。軟X線照射で生じる分子内の電子の対生成物となる脱離イオンフラグメントを観測して金属表面形状および分子鎖長が表面化学反応に与える影響を解明するために重要なスペクトルの観測に成功した。電荷移動時間が速い,すなわち分子の電気伝導性が高いほど化学結合を選択的に切断でき特徴的な脱離イオンフラグメント分布が得られると判明した。さらに,支持体を金基板から金ナノ粒子に変更することで電気伝導性は低下し,化学結合切断の選択性も低下した。電荷移動時間の分子鎖長依存性にもとづく比較から,基板系とNP系の分子エレクトロニクスとしての違いが電荷移動ダイナミクスへ影響すると判明した。孤立系である金ナノ粒子上での電気伝導性および電荷移動ダイナミックスを解明した本成果は,ナノエレクトロニクス分野などへの応用が期待できる。
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