これまでに我々が示した揺動散逸定理の巨視的な破れは、Hall伝導度と非対角電流ゆらぎが異なる物理に従っていることを示唆している。この点に着目し、前年度までに取り組んできた非対角電流ゆらぎの性質について引き続き調べた。 まず巨視系の非対角電流ゆらぎには、非局在状態だけではなく局在状態も寄与することを示した。これは対角電流ゆらぎや電気伝導度には見られない新奇な性質である。次に局在状態・非局在状態の非対角電流ゆらぎへの寄与がどの程度異なるのかについて評価するために、低温強磁場下の不純物のある二次元電子系において具体的な数値計算を行った。その結果として非対角電流ゆらぎに対する両者の寄与は同程度であることがわかった。これはHall伝導度には局在状態が全く寄与しないことと著しく異なっている。 解析計算を用いた考察によりこのような違いが現れることの物理的起源についても一定の理解が得られた。 上記の結果はまた非対角電流ゆらぎの振る舞いは不純物の有無にほとんど影響されないことを意味している。この結果を非対角電流ゆらぎの測定結果から電子数密度やLandau準位占有率推定に応用する提案も行った。この方法は量子Hall効果関連の実験が行われる通常の設定において、数%程度の誤差で占有率を推定することができる。 以上の成果は論文にまとめ発表を行った。この論文は論文誌Journal of the Physical Society of JapanのPapers of Editors’ Choiceに選ばれ、JPSJ 2022年2月号の注目論文やJPS Hot Topicsに取り上げられるなどの評価を頂いている。 また本年度は博士課程の学生としても最終年度となったため、特別研究員として研究してきた3年間の成果を博士論文としてまとめた。その結果として無事に博士の学位を取得することができた。
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