摂食や睡眠、生殖をはじめとした本能行動は、無脊椎動物からわれわれヒトに至るまで進化的に高度に保存された行動であるが、これらの行動を制御する分子・神経機構は完全には理解されていない。特にも睡眠は未だに多くの謎が残されており、医学的・社会的な見地からもその詳細な制御機構の解明が期待されている。本研究では、睡眠覚醒行動の中でも特に入眠を司る分子・神経基盤に着目している。入眠に重要なリン酸化修飾経路を同定し、その経路を操作した際の睡眠表現型解析から、特定の細胞集団におけるリン酸化修飾による分子機能制御が入眠過程に重要であるという仮説を検証する。 神経活動を薬理遺伝学的に活性化すると入眠が誘導され、抑制すると入眠が阻害される神経細胞集団を前年度までに同定している。この細胞集団が睡眠恒常性にも関与するかを調べた。睡眠を剥奪した後に、当該細胞集団の神経活動を薬理遺伝学的に抑制すると、通常は見られるはずの回復睡眠が見られなかった。この結果は、当該細胞集団の活性化が睡眠剥奪後の回復睡眠に必要であることを示唆する。 次に、当該細胞集団内ではたらく重要なリン酸化修飾経路を同定するために、当該細胞集団において特定の内在性キナーゼ活性を双方向に操作した。その結果、当該キナーゼを活性化しても阻害しても入眠が誘導されることが分かった。同様に、キナーゼ活性の双方向の操作は両者とも睡眠剥奪後の回復睡眠を減弱させた。これらの結果は、適切なタイミングでのキナーゼ活性の変化が神経活動をダイナミックに調節することで、入眠および睡眠恒常性を制御することを示唆する。 本研究では、入眠および睡眠恒常性制御に寄与する特定の細胞集団を同定し、その中ではたらく重要なキナーゼを見出した。当該キナーゼが関与するリン酸化修飾経路が入眠だけでなく睡眠制御の中核をなす重要な分子基盤である可能性を新たに提示する。
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