研究課題/領域番号 |
19J22110
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
軽部 利恵 奈良女子大学, 人間文化総合科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 万葉仮名 / 上代特殊仮名遣い / 清濁 / 文字 / 表記 / 萬葉集 / 上代文献 |
研究実績の概要 |
本年は、奈良時代の編纂物である萬葉集の文字表記について、上代特殊仮名遣いと訓仮名との関係から、「跡」字に関して考察した。次に、萬葉集の〈清音仮名〉〈濁音仮名〉と語の表記との関係について、先行研究を批判的に検証し、考察した。これらは、仮名がどのようにことばを表記するのか、仮名表記があらわれるテクストは、いかなる文字環境であるのかという点を視野に入れた研究である。本研究によって明らかになった点は特に以下のことである。 1、従来、訓仮名「跡」(と乙類)は、語「あと」の上代特殊仮名遣い(と甲類)に反する「違例」とみなされてきた。しかし、「跡」があらわす語「あと」の実例とその意味を、古事記、日本書紀、萬葉集、仏足石歌から分析し、「跡」字があらわす語の来歴として捉え直した結果、「あと」に先行して語「と」(乙類)が存在していることが明らかとなり、訓仮名「跡」の使われ方は「違例」とはならないという結論に至った。さらに、萬葉集の、訓仮名「跡」の文字の前後および歌一首の表記を観察すると、複数例ある歌句に類似する表記が認められ、訓仮名「跡」をめぐって、ある程度の表記の固定性が認められるという様相を分析した。以上は、上代特殊仮名遣いと仮名書きの関係および萬葉集の文字表記の中の仮名書きの位置づけを捉え直す上で、重要な点と考えている。 2、上代の仮名表記と清濁をめぐっては、近世の国学者である本居宣長・石塚龍麿の研究があり、語の清濁と仮名表記との関係から、〈清音仮名〉〈濁音仮名〉という仮名字母の分類が見出されてきた。現在の国語国文学研究においても継承されているこの〈清音仮名〉〈濁音仮名〉という分類は、本来的に循環的な性質をもつものであって、語の音韻と仮名書きとは必ずしも一致するものではないという点を、先行研究を援用しつつ分析した。以上は、語をあらわす仮名と音韻との関係を捉え直す点で意義があると考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年3月に申し込みした学会口頭発表(美夫君志会全国大会)が中止となった。また4月以降、所属大学の立ち入りが原則禁止されるなど、研究活動に制限があった。そのような中ではあったが、以下の通り、査読論文への投稿2本と、そのほか学会の口頭研究発表のエントリー1つを行った。 1、上代特殊仮名遣いと訓仮名をめぐる萬葉集の「跡」字 従来より、訓仮名「跡」(と)は上代特殊仮名遣いに反する「違例」とみなされてきたが、用例数が極めて多いことから他とは異なる位置づけが必要であった。これについて、上代文献中の「跡」字および語「あと」・「と」の用例を分析し、相互の関係性を明らかにした。それぞれの語の来歴を上代文献中に跡づけると、訓仮名「跡」は「違例」とはならないことが明らかとなった。また、用例を網羅的に分析した結果、訓仮名「跡」をめぐって定型表現に対応する定型表記があることが明らかとなった。2021年2月に学術雑誌『萬葉』に投稿した。 2、上代の仮名表記と清濁 上代の仮名表記と清濁について、本居宣長・石塚龍麿によって〈清音仮名〉〈濁音仮名〉という仮名字母の分類と、語の清濁との対応関係が見出された。これについて、本居宣長『古事記伝』・石塚龍麿『古言清濁考』の記述と、萬葉集中にあらわれる仮名表記の実例とを比較対照させた。〈清音仮名〉〈濁音仮名〉は語の表記から取り出される段階で試行錯誤があったと認められ、語の清濁とそれを表記する仮名の清濁という関係は、本来的に循環的な性質をもつものであると分析した。2021年3月に学術雑誌に投稿した。 以上の研究成果は、年度末近くに論文投稿を行ったため、2020年度内の刊行には至っていない点、計画通りには行かなかった。ただし、2021年度以降には論文化できる見込みが十分あるため、「おおむね順調に進展している。」とした。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、特別研究員採用期間の最終年度であり、大学院在籍の最終学年であるため、博士論文の完成・提出を最終的な達成すべき目標としている。その中で、仮名が、どのようにことばを表記するのか、また仮名表記があらわれるテクストは、いかなる文字環境であり、どのような性質をもつメディアと関連するのかという点を視野に入れた研究を行う。 1、一次資料であり文章中に仮名を含む文書として注目されるが、従来、文章とその内容、文章と仮名書きの関係について論じられることがおよそなかった唐招提寺文書「家屋資財請返解案」を研究対象とする。文書の性質を正確に把握し、すべての語句について語釈を付し、文章の意味内容を丁寧に読解し、個々の仮名書きの機能と文章全体からみる仮名書きの意味を明らかにする。 2、研究課題のメインとしている上代特殊仮名遣いについて、その崩壊過程を、上代文献からいかに記述できるのか、音節結合の法則と訓仮名との関連はいかに認められるか、という問いを立て、先行研究を現在の知見から精査し、一次資料をも含めた上代文献中の、実例にもとづいて、整理・検証し論述する。 3、編纂された歌集である萬葉集と、一次資料である木簡や仏足石歌における、仮名のあらわれ方をめぐって、上代文献の資料としての性質と文字表記との関連という点から体系的に整理する。 2・3ともに、上代特殊仮名遣いとその「違例」のあらわれ方をめぐって、上代文献の資料性・書記されるメディア、目的、用途など、テクスト形成にまつわる諸要素との関連を論述するものである。上代特殊仮名遣いの崩壊過程説、上代特殊仮名遣いおよび清濁の「違例」論、木簡・萬葉集・仏足石歌など個々の資料の性質と「違例」となる仮名表記の関係を整理し、上代日本語の書記と仮名の研究としてまとめ、博士論文という形で研究の完成を目指す。
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