研究課題/領域番号 |
19J22242
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
井戸川 直人 京都大学, 農学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 単為生殖 / 系統解析 / 行動解析 / ヒメアリ |
研究実績の概要 |
アリ類において、コロニーレベルの自己複製メカニズムである巣の分裂制御システムを解明するため、本年度は主に4つの研究を行なった。まず、研究材料として選択したヒメアリ類の系統関係と進化史を明らかにするため、遺伝子解析と形態形質に基づいた系統解析を行なった。ミトコンドリアゲノムのバーコード領域を解読した結果、日本産のヒメアリ類において、単為生殖による繁殖様式が複数回独立に獲得された可能性が高いことが示唆された。また、日本の九州から沖縄にかけて、既知種とは遺伝的・形態的に異なる未記載種らしきヒメアリが分布することが判明した。 次に、巣の分裂はコロニーの個体数の増加を必要とするため、単為生殖種であるキイロヒメアリを材料に、個体レベルの繁殖様式と発生過程を詳細に明らかにした。卵から成虫になるまでの発生過程を電子顕微鏡で観察すると、のちに女王になる幼虫にのみ、機能不明の突起状構造がみられた。樹脂包埋によって幼虫の組織切片を作成し、突起状構造の組織学的観察を行なうと、突起の内部には分泌組織と思われる細胞層が確認できた。 さらに、新しい巣場所を探索する際のアリの歩行パターンを調べるために、球体全方向移動補償装置を用いた行動計測を試みた。樹上、土中、地表などさまざまな環境に営巣するヒメアリ属5種において歩行パターンを調べた。実験には、アリを乗せたボールを自動で回転させることで疑似的に無限平面を歩行させられる球体全方向移動補償装置を用いた。計測の結果、歩行距離や速度などのパラメーターが種ごとに異なることが明らかになった。 そして、巣の分裂の帰結としてもたらされるアリ個体の巣仲間認識の変化について、飼育実験を通して検証した。実験では、単為生殖により生まれたクローナルな個体であっても、巣の分裂後の日数とともに巣間の個体の接触時間が短くなり、個体の巣仲間認識が変化したことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヒメアリ類の系統解析に関しては、国内及び台湾でのフィールドワークにより、当初の予定通り十分なサンプルを得ることができた。ミトコンドリアDNAの配列に基づき、既知種の系統関係を推定するとともに、未記載種の存在も示唆された。また、台湾では現地の研究者との共同研究体制を構築することができた。 個体の発生過程とカースト分化を解明するにあたり、走査型電子顕微鏡による外部形態の観察と、パラフィン包埋法で作成した切片による内部組織の観察という手法にめどがついた。女王カーストが発生する時期が夏季のみと限られているため、通年の観察が難しいという課題があるが、サンプルを冷凍保存するなどして対応したい。 球体全方向移動補償装置を用いた行動計測では、工学系の研究室にご協力いただき、わずか2mmほどのヒメアリの位置を検出し、軌跡を記録することに成功した。また、計測された歩行パターンを種ごとに評価して比較することができた。種ごと、あるいは個体同士の歩行パターンの差異をもたらす要因を明らかにすることが次の課題である。 巣仲間認識機構の解明に際しては、単為生殖という性質を利用して、遺伝的に均一な人工コロニーを多数作成するというユニークな実験系を確立することができた。さらに、クローナルな個体同士であっても、長期間の隔離により接触が絶たれると巣仲間として認識しなくなるという現象を発見した。今後、この個体間相互作用の変化が生じるメカニズムを明らかにしたい。 このように、それぞれのテーマについておおむね順調に成果が得られている。十分なデータが蓄積できたものについては、論文の執筆も並行したい。
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今後の研究の推進方策 |
東アジアにおけるヒメアリ類の系統関係と進化史を明らかにするために、日本国内および台湾にてフィールドワークを実施する。国内では前年の研究によって存在が示唆された未記載種の追加サンプルを得ることを試みる。台湾では、共同研究先である国立彰化師範大学に滞在し、前年よりも長期間、多数の地点においてサンプリングを実施する予定である。なお、新型コロナウイルスの感染拡大により海外渡航が困難となった場合は、すでに収集済みのサンプルを用いて大規模な遺伝子解析を行なう。前年度に解読したミトコンドリアDNA配列に加え、核DNAについても解析する予定である。 また、ヒメアリ類の発生過程とカースト分化メカニズムを明らかにするために、前年までの携帯観察に加えて、飼育実験を実施する。幼虫に対するワーカーと女王の個体間コミュニケーションに着目することで、育児行動が女王分化に及ぼす影響について検証する。 次に、アリ類の歩行探索パターンを定量化し、その生態学的意義を考察するために、球体全方向移動補償装置を用いた行動計測をさらに進める。種間の歩行パターンの差が遺伝的に固定されているものなのか、それとも外的な要因に応じた可塑性をもつものなのかを実験的に検証するため、単為生殖で生産されたクローナルなアリを様々な条件で飼育し、生育環境の違いが歩行パターンを変化させるか明らかにする。 最後に、単為生殖種における巣仲間認識メカニズムの解明については、攻撃行動に着目した対戦テストに加えて、栄養交換やグルーミングなどの協調的行動にも注目して個体間の相互作用を多角的に評価する手法を確立したい。また、ガスクロマトグラフィーなどの化学分析機器を用いた巣仲間認識の至近的メカニズムの解明を試みたい。
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