本計画の主要な研究材料であるキイロヒメアリは巣を構成する個体の一部が集団で移動し、新巣をつくる「分巣」という巣レベルの繁殖様式を採用している。分巣は歩行による単距離分散であるため、近接する巣どうしは遺伝的に近縁であると予想されるが、本種は巣内に複数の女王が共存する多女王制であり、1つの巣に複数の単為生殖系統が含まれる可能性もある。集団全体と巣内における遺伝構造を調べるため、京都府内の集団についてRAD-seq法を用いてSNP多型を検出し、集団遺伝学的解析を行なった。その結果、巣ごとの遺伝的な構造は検出されず、巣間の遺伝的分化は小さかったことから、近傍の巣間での遺伝子流動が示唆された。異なる巣の個体同士は敵対行動を示さないことも確かめられたため、本種は融合コロニー性という、多女王かつ多巣性でコロニー間の敵対性が消失した社会構造をもつ種であると位置づけられた。女王アリが長距離分散できない本種では、隣り合う巣間の遺伝的距離がきわめて近くなり、巣仲間識別に用いられる巣特異的な遺伝的特徴が失われた結果、この特殊な社会構造が獲得されたというシナリオを提唱した。 また、キイロヒメアリは絶対産雌性単為生殖により、大型で繁殖能力をもつ女王と、小型で卵巣を欠く働きアリという二型のカーストを生産する。本年度は本種の卵から成虫にいたるまでの発生ステージを記載し、女王と働きアリが分化する発生プロセスを調べた。女王となる幼虫は夏季にのみ生産され、最終齢では体表に多数の突起をそなえていた。一方でワーカーとなる幼虫は通年存在し、齢数や形態は既知の近縁種と同様であった。この女王特異的な体表構造は、近縁種はもとより、アリ全体でも報告されていない新奇なカースト二型とみなすことができる。この結果は査読付き英文誌Zootaxaに掲載された。
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