研究課題/領域番号 |
19J22506
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小金澤 優太 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 一細胞計測 / 光遺伝学 / 遺伝型-表現型対応 / 薬剤耐性 / 適応 / リボソーム |
研究実績の概要 |
本年度は昨年度に引き続き、リボソーム発現レポーター株を用いた薬剤クロラムフェニコール(Cp)環境下での耐性遺伝子除去実験を行い、Cp耐性遺伝子(cat)を失ってもCp環境下で分裂を続ける細胞と適応できなかった細胞の状態の違いを明らかにすることを目指した。 まずはリボソームの発現状態を観察する細胞株を用いて解析を行った。この細胞株はリボソームタンパク質であるRplS、RpsBにそれぞれ蛍光タンパク質mCherry、YFPを結合させた細胞である。この細胞株を用いた実験からCpの耐性遺伝子catの除去によって、RplS-mCherryとRpsB-YFPの発現のバランスが崩れることがわかった。cat遺伝子を失った細胞はRplS-mCherryの蛍光輝度値がRpsB-YFPの蛍光輝度値に比べて上昇した。また、耐性遺伝子なしに分裂を続けられた細胞は、最終的にこの輝度値の比が耐性遺伝子除去前と同程度に戻ったが、分裂を続けられなかった細胞ではバランスが崩れたままであった。このように耐性遺伝子によらずに適応できる細胞とできない細胞の違いを明らかにするという重要な実験結果を得ることができた。 リボソームレポーター株ではcat遺伝子に蛍光タンパク質を融合していないため耐性遺伝子の除去は細胞の成長から判断していた。これを正当化するため、mcherry-cat遺伝子を持つ細胞を用いた耐性遺伝子除去実験において、蛍光輝度値の変化から耐性遺伝子の除去を判断する場合と伸長率で耐性遺伝子の除去を判断する場合に差がないことを教師なしクラスタリングを用いて調べた。各細胞系列のmCherry-CATの時系列データ、及び伸長率の時系列データをそれぞれdynamic time warpingと呼ばれる尺度と階層クラスタリングの手法を用いてクラスタリングを行った。その結果1つの系列を除いて全ての系列が正しく分類されていることが確かめられた。よって細胞の成長で判断することを正当化することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本課題では1細胞計測技術と光遺伝学的遺伝子操作技術を組み合わせることによって、薬剤環境に置かれた細胞に対して生存に必須であると考えられている耐性遺伝子を欠失させ、致死的な遺伝子変化に対して細胞が適応できるのかどうか、もし適応できる場合どう適応するかを明らかにするユニークな研究を行っている。 本年度はクロラムフェニコール(Cp)の環境下で耐性遺伝子(cat)を除去しても適応的に振る舞う細胞の状態変化をリボソームタンパク質の発現レポーターを用いて1細胞追尾計測および解析を行った。その中で耐性遺伝子を失った細胞はリボソームタンパク質の発現バランスが崩れること、さらに適応する細胞では崩れたバランスが10世代以上の長時間をへてバランスが回復することを明らかにした。このような適応過程の中で遺伝子除去をしたcat以外の遺伝子発現の変化を長期的に追尾でき、適応過程の一端を捉えられたことは研究開始当初想定していた以上の結果であったと考えられる。 また、本研究の進行にあたり、大腸菌の新たな遺伝子組換え技術の導入が必要となったが、本年度はその導入に成功しただけではなく、組換えに成功した細胞を効率的に取得するための新たな研究計画の立ち上げも行った。こちらの研究についても順調に進行している。こちらの計画については当初の実験計画では実行することを想定していなかったアディショナルなものであるため、当初の研究計画以上に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度まで使用していたリボソーム発現レポーター細胞株を用いてクロラムフェニコール(Cp)の投与タイミングによってリボソームタンパク質の発現バランスがどのように崩れるかを明らかにすることを目指す。本年度までの研究で耐性遺伝子をCp環境下で失った場合と、あらかじめ耐性遺伝子を持っていない細胞にCpを投与した場合、同濃度のCpであってもリボソームタンパク質の発現バランスの崩れる速度に違いが見られた。また、昨年度の研究においてCpの投与タイミングを変えることで適応する細胞の割合が変化することがわかっている。そのため、Cpの投与タイミングによってリボソームタンパク質の発現バランスの崩れ方にも違いが現れると推測されるため、本年度の研究で確かめる。 また、耐性遺伝子catの除去がリボソームタンパク質の遺伝子発現に影響を及ぼしているように、catの除去がグローバルに遺伝子発現を変えている可能性がある。このような大規模な遺伝子発現状態には細菌の核様体構造が関わっており、一遺伝子の発現を見るだけでなく細胞内状態全体が変化していることが考えられる。そこで核様体をモニターする際によく用いられる蛍光タンパク質でラベルされたhupAを用いて耐性遺伝子catの除去を行う。事前の実験で耐性遺伝子を持っていない細胞にCpを投与した場合と、Cp環境下で耐性遺伝子を除去した場合でHupAの挙動(HupAがコンパクトになるかどうか)などに定性的に違いが見られている。本年度の研究の中でこの実験を推進して定量的に核様体構造がどのように変化しているか、Cp環境に対する適応との関連性があるか、といった点について明らかにすることを目指す。 さらに昨年度の実験の過程で大腸菌に高精度かつ迅速に遺伝子を組換える方法の導入および改良計画の立ち上げができたため、本年度はこの組換え方法の確立についても目指す。
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