研究実績の概要 |
本研究では、トポロジカル絶縁体表面状態への近接効果による超伝導の誘起により生じるトポロジカル超伝導状態を舞台とした新奇な現象の開拓を目標に、トポロジカル絶縁体との積層構造が作製可能な超伝導体薄膜の物質探索を行った。特に、トポロジカル絶縁体として(Bi,Sb)2Te3を用いることを念頭に、共通の陰イオンを持つテルル化物超伝導体に注目した。 まず、超伝導体(Sn,In)Teに着目し、分子線エピタキシー法による薄膜成長に取り組んだ。(Sn,In)Teはそれ自体がトポロジカル超伝導体の候補物質として近年精力的に研究されている物質であるが、これまでの研究はバルク試料を対象にしたものが中心であり、薄膜試料の合成条件や超伝導特性は未解明な点が多かった。本研究では、既に製膜条件が確立されていたSnTeから出発し、In濃度xを増加させていく方法で系統的に薄膜成長を試みた。その結果、In濃度xの増加に伴い金属元素(Sn、In)とTeの供給量の比を適切に減少させていくことで、広範囲のxについて不純物を含まない単相の薄膜を得られることが明らかになった。本研究で実現された最大のInドーピング濃度はx = 0.66であるが、これは従来の薄膜試料でのドープ量や常圧下でのバルク試料の固溶限界(x = 0.5)を上回る高濃度のドーピングである。また、超伝導転移温度のx(In)依存性やコヒーレンス長といった超伝導特性もバルク試料での報告と整合していることを確認した。 さらに、別のテルル化物超伝導体としてPdTe2の薄膜成長にも取り組み、製膜条件の最適化により高品位なPdTe2薄膜の実現を実現し、さらにトポロジカル絶縁体(Bi,Sb)2Te3との積層構造も実現した。 本成果は、テルル化物超伝導体薄膜・ヘテロ構造におけるトポロジカル超伝導状態の探索の基礎となる成果である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の研究実施計画の中心であった分子線エピタキシー法による超伝導体(Sn,In)Te薄膜試料の作製技術の確立は、計画通りに達成された。本研究ではトポロジカル絶縁体(Bi,Sb)2Te3との薄膜積層構造への応用を念頭に(Sn,In)Te薄膜の作製に取り組んだが、(Sn,In)Teはそれ自体がトポロジカル超伝導体の候補物質としてバルク試料を中心に精力的に研究されている物質であり、精密デバイスへの加工と親和性の高い薄膜試料の作製技術を確立した本成果は、(Sn,In)Teにおけるトポロジカル超伝導状態の探索のための実験手段を拡張する意義のある成果である。なお、本成果については現在学術誌へ投稿中である。 しかし、その後の実験により当初の目的であった(Bi,Sb)2Te3と(Sn,In)Teの積層構造は作製できず、積層順によらず下側の層が破壊されてしまうことが明らかになった。そこで、(Bi,Sb)2Te3との積層構造が作製可能と期待される超伝導体として新たにPdTe2に対象物質を切り替えた。分子線エピタキシー法による薄膜成長条件の最適化により、バルク試料と同等の超伝導特性を示すPdTe2薄膜の作製手法を確立した。目的であった(Bi,Sb)2Te3との積層構造も作製可能であることを確認し、積層薄膜においても超伝導を示すことを確かめた。さらに、(Bi,Sb)2Te3とPdTe2の積層構造は積層順に依らず作製できることが明らかになり、積層順への依存性への検証や超格子構造の物性解明といった今後の研究の発展が期待できる。 以上の研究成果を総合すると、本年度の研究は当初の計画以上に進展していると結論できる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、トポロジカル絶縁体(Bi,Sb)2Te3と超伝導体PdTe2の積層薄膜に対象を絞り、トポロジカル超伝導の兆候を捉えることを目指す。その第一段階として、積層薄膜の基本的な輸送特性や超伝導特性の理解は不可欠であり、今後はまず(Bi,Sb)2Te3 / PdTe2 2層膜を対象に非相反抵抗測定を行う。非相反伝導は電流の流れる向きにより抵抗の大きさが変化する現象で、スピン運動量ロッキングを伴うトポロジカル絶縁体表面状態に由来する電荷輸送を捉える手段として近年注目されている。本研究では、トポロジカル絶縁体の表面状態に超伝導ギャップが誘起されていることを比較的容易に確認する手段として非相反抵抗測定を行い、温度・磁場・電流密度といった各パラメーターへの非相反性の依存性の系統的な解明や、積層順を反転した場合の振る舞いの解明を目指す。また、前述の測定の結果を参照しつつ、(Bi,Sb)2Te3に磁性元素CrやVをドープして強磁性を誘起した場合や、サンドイッチ構造の3層膜や超格子構造を作製した場合の輸送特性や非相反伝導特性へと研究を発展し、電荷輸送測定によりトポロジカル超伝導の兆候を捉えることを目指す。
|