研究課題
植物の生育は環境中の元素濃度などの栄養条件に左右される。農地において作物の生育に密接に関わる元素として、塩害の主要因であるナトリウムや光合成に必須のマグネシウムが挙げられる。作物の中で比較的塩害に強いオオムギでは、高ナトリウム処理の開始後、浸透圧ストレスを緩和するためにナトリウムの地上部への輸送を一時的に促進することが示唆されているが、その輸送機構が明らかになっていない。本研究ではナトリウムの放射性同位体をトレーサーとして用い、オオムギの地上部へのナトリウム輸送が、処理開始後約12時間で最も活性化され、その後24時間までの間に抑制されることを明らかにした。マグネシウムは欠乏時に植物の根における吸収が促進されることが知られているが、その吸収制御機構がまだ明らかになっていない。本研究ではモデル植物のシロイヌナズナを用いて、最短30分間の低マグネシウム処理により促進された吸収速度が4日後まで維持されることを示した。この期間で根における遺伝子発現量をRNA-seqにより解析したところ、全ての既知マグネシウム輸送体遺伝子及びそれらにアミノ酸配列が類似している遺伝子群において発現量に変化が見られず、マグネシウム吸収が輸送体の遺伝子発現によらず制御されていることが示唆された。植物地上部における低マグネシウム処理に対する応答としては、新しい葉に比べて古い葉のマグネシウム含量がより著しく減少し、古い葉においてはリンやカリウムなどの他の栄養元素の含量も減少することが初めて明らかになり、マグネシウム欠乏が栄養元素の再転流を促すことが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
植物のナトリウム輸送様式について、本研究では、ナトリウムの体内蓄積を防ぐための根から環境中へのナトリウムの排出にも着目しており、シロイヌナズナにおいてナトリウムの排出に関わる輸送体SOS1の作用機序を明らかにしようとしている。まずSOS1タンパク質の局在を明らかにするために、SOS1を抗原とする抗体を用いて根の切片で蛍光標識を観察する免疫組織染色を計画しており、当該年度は目的の抗体を複数作製し、作製した抗体の機能確認を行った。また、SOS1の機能部位を明らかにするために、SOS1遺伝子を根の特定の層のみで発現させた組換え植物の作製を計画しており、当該年度はその第一段階として、目的の組換え植物の基盤となるSOS1遺伝子欠損変異株をCRISPR/Cas9システムを用いて作製した。マグネシウム吸収制御機構については、先行研究で、シロイヌナズナのマグネシウム輸送体遺伝子MRS2の欠損変異株の根において、低マグネシウム処理による吸収促進が見られないことを報告している。MRS2の原核生物におけるホモログであるCorAタンパク質では、細胞内マグネシウム濃度に応じて輸送活性が制御されることが知られているため、本研究ではMRS2も同様の制御機構を有するのではないかという仮説を立てている。当初の計画では、CorAとMRS2のアミノ酸配列を比較して、マグネシウム輸送制御に関わるCorAの既知のドメインに対応するMRS2のドメインを同定する予定であったが、当該年度の研究で、アミノ酸配列の比較のみでは目的のドメインが同定できないことが判明した。そこで現在は、MRS2タンパク質の構造を電子顕微鏡法により観察し、MRS2がマグネシウム濃度による輸送制御機構を有するかどうか検証する計画を新たに立て、準備を進めているところである。以上のような状況から、本研究課題はおおむね順調に進展していると判断した。
オオムギにおけるナトリウムの計画的な輸送については、これまでに明らかにした根から地上部へのナトリウム輸送が促進される時間において遺伝子発現解析を行い、輸送に関わる遺伝子の同定を目指す。シロイヌナズナのナトリウム輸送体SOS1の作用機序については、作製した抗体を用いて免疫組織染色を行い、SOS1タンパク質の局在を明らかにする。また、中心柱、表皮などの根の層特異的に発現する遺伝子のプロモーターでSOS1遺伝子を導入した植物を作製し、それら植物のナトリウム排出能を放射性トレーサー法により確認することで、SOS1によるナトリウム排出の機能部位を明らかにする。マグネシウム吸収制御機構については、マグネシウム輸送体MRS2のタンパク質構造解析を行い、MRS2がマグネシウム濃度による輸送制御機構を有するかどうか検証する。
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Frontiers in Plant Science
巻: 11 ページ: 563
10.3389/fpls.2020.00563