研究課題/領域番号 |
19J22868
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
内田 あや 東京大学, 農学生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 精巣 / 精巣網 / セルトリバルブ / レチノイン酸 / FGF / 精原幹細胞 / Sox17 |
研究実績の概要 |
哺乳類精巣における恒常的な精子産生は精原幹細胞という小数の幹細胞集団により支えられる。精原幹細胞が未分化性を維持するためには周囲の支持細胞が作り出すニッチ(微小環境)が必要だが、マウス精巣の精巣網と曲精細管を繋ぐ境界部にあるセルトリバルブ(SV)領域には精原幹細胞ニッチが存在する事がわかっている。しかし、当領域にニッチが誘導・維持される分子メカニズムは分かっていなかった。そこで、SV領域における精原幹細胞ニッチの誘導・制御機構の解明を目的として研究を行ってきた。網羅的遺伝子発現解析を通して、我々は精巣網で複数のFGFリガンド、SV領域でレチノイン酸(RA)分解酵素をコードするCyp26a1が高発現する事を見出した。そこで、(Uchida et al., 2016)で開発・報告したマイクロビーズ移植法を用いて各種FGFリガンドを曲精細管に作用させる事で、(1)FGF5が曲精細管セルトリ細胞において精原幹細胞を支持するニッチ因子である事、(2)FGF9がSV上皮特異的なセルトリ細胞内の恒常的なAKTシグナル活性化を誘導する事を明らかとした。これにより、精巣網由来のFGFリガンドが隣接するSV領域におけるニッチの誘導を担う事を明らかとした。さらに、ビーズ移植法を応用させRA濃度をSV領域で局所的に引き上げた所、精原幹細胞ニッチが破綻し、SVにおける分化型精原細胞の異所的な出現が引き起こされた。この事から、SV領域ではCYP26a1発現によりRA濃度が局所的に低く保たれる事で、RAによる精原幹細胞の分化誘導が抑制され、当領域の精原幹細胞プールが維持される事を示した。以上の成果を本年度、国際誌Scientific Reportに報告した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
前項で述べた様に、今年度の研究を通して我々は、本研究の当初の目的・到達目標であったSV領域における分泌因子を介した精原幹細胞ニッチの誘導・制御機構の解明を達成し、国際誌へ発表した。さらに、以上の研究を進める中で、胚発生や細胞分化において重要な制御因子として知られている転写因子Sox17が精巣網上皮特異的に高発現している事を見出した。精巣網は精巣内のluminal flowおよび精子の輸送を担う一方で、その機能の殆どは謎に包まれている。そこで、精巣網におけるSox17発現が精巣環境およびSV領域のニッチ形成に貢献するという仮説を立て、精巣網特異的にSox17を欠損させたSF1Cre:Sox17floxマウス(cKOマウス)を作出した。結果、精巣網に隣接するSV領域の形態異常・精原幹細胞ニッチの破綻、および伸長型精子細胞の脱落による不妊の表現型が観察された。一方、精巣網上皮と発生学的起源を同一とするセルトリ細胞によりSox17を異所的に強制発現させるモデルマウス(Tgマウス)を作出した所、当マウスではセルトリバルブ領域の弁の異常増殖が観察された。以上より、精巣網におけるSox17発現が隣接するSV領域の構造・形質を特徴づける機能を持つ事、また精巣網を介した精子発生制御機構が存在する事が明らかとなった。以上より、本研究は当初の目標・期待を大きく超え、今まで着目されてこなかった精巣網領域・セルトリバルブ領域の精子発生における重要性を認識させる有意義な成果となった。現在はcKO・Tg両マウスの詳細な表現型解析を進める一方で、各マウスの網羅的遺伝子発現解析に取り組んでいる。これにより精巣網Sox17下流カスケードによる精子発生およびSV領域誘導の分子機序を明らかとしたい。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、以上の研究経過を踏まえ、精巣網におけるSox17の役割・シグナルカスケードを明らかとするため、以下の項目に取り組む。 1)精巣網特異的なSox17欠損マウスの解析:精巣網におけるSox17の役割を明らかとするため、精巣網領域特異的なSox17欠損モデルマウスであるSF1cre: Sox17floxマウス(cKOマウス)の解析を行う。今までの解析から、cKOマウスではSV領域の形成不全・精子発生の異常が見られ、不妊になる事がわかっている。そこで、本年度はcKOマウスの精巣網組織を単離し、網羅的遺伝学的解析を行うことでSox17ノックアウトにより生じた下流カスケードの遺伝子発現変動を明らかにする。 2)セルトリ細胞におけるSox17過剰発現マウスの解析:精巣網上皮およびセルトリ細胞は発生学的起源を同一にする精巣内体細胞である。そこで、セルトリ細胞において異所的にSox17を過剰発現させる事で、上皮細胞におけるSox17発現が精原幹細胞ニッチおよびSV領域形成に担う役割を明らかにする。精原細胞マーカー(GFRa1, c-KITなど)、SV領域特異的な分子マーカー(p-AKT、アセチル化チューブリン)や精巣網マーカー(KRT8,CDH1)などを用いた免疫組織学的手法による解析に加えて、Sox17を過剰発現するセルトリ細胞に対して網羅的遺伝学的解析を行うことでSox17下流カスケード因子を特定する。 以上より、1) 2)の結果から精巣網上皮でのSOX17下流カスケードによるセルトリバルブ領域の構造およびニッチ誘導の分子機序を明確にする。これらの結果を今年度中にまとめ、国際誌へ投稿する予定である。
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