炭素-炭素結合を自在に切断し新たな炭素-炭素、炭素-ヘテロ元素結合へと作り変える手法は革新的な分子合成技術であり、より直感的な精密有機合成を実現する「ツール」となり得る。 本研究は、汎用化合物の有用化合物への多様な誘導体化を志向し、遷移金属触媒を用いた「炭素-炭素結合切断型カップリング反応」を開発することを目的としている。具体的に、本研究では汎用官能基であるエステルのsp2炭素-炭素結合を標的とした新規変換反応の開発を行う。当研究グループではこれまでに芳香族エステルをアリール化剤として用いる脱カルボニル型カップリング反応を多数報告している。等特別研究員は芳香族エステルを用いた変換反応を非線形的に展開すべく新たな形式の反応の開発に着手した。 その結果、これまでに独自に開発したニッケル触媒を用いることで、芳香環上の官能基を異なる芳香環上に移動させる「芳香環交換反応」という新たな概念を確立した。芳香族エステルと芳香族ハロゲン化物やフェノール誘導体を反応させ、芳香族エステルのエステル骨格を異なる芳香族化合物上に移動させる「エステル転移反応」、および芳香族スルフィドと種々のアリール求電子剤の芳香環部位を移動させる「スルフィド転移反応」が進行することを見いだした。 本年度は古典的な有機化学反応である「クライゼン縮合」と「レトロクライゼン縮合」を利用した芳香族ケトンと芳香族エステルの芳香環交換反応を見いだした。本反応と昨年度までに見出した芳香族エステルの変換反応を組み合わせることで「芳香族ケトンの脱アシル型カップリング反応」の開発に成功した。既存の触媒反応では変換が困難とされていた芳香族ケトンをアリール化剤として使用できる点で優れる。芳香族ケトンは天然物や医薬品などに頻出する構造であるため、医農薬候補化合物ライブラリーの迅速構築などへの利用が期待できる。
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