本年度はディドロの理想的モデル論の分析を、「亡霊」という鍵概念を用いながら行った。ディドロは亡霊の形象を用いながら、観念論美学の伝統のなかで彫琢されてきた理想的モデル概念を、彫刻的・具体的なモデルにおけるイメージとオリジナルの関係性の中に落としこみ、自らの唯物論哲学と和解させた。プラトンからヴィンケルマンに至る観念論美学から決定的な理論的影響を受けながらも、同時代の感覚論者ロックやコンディヤックをも深く理解したディドロは、観念が物理的世界から人間精神という一つの物理現象の機能を通じて生成してくるという基本的なモデルを提示したのである。 この研究成果は、まず2021年6月にオンラインで開催された国際18世紀学会若手研究者セミナーで「疑り深さから逆説へ:ディドロの哲学的方法論の生成」と題して一部を発表した。次に、同年9月にはフランスの高等教授資格試験受験生向けに開催された研究会において、「不在のシーン:『私生児』から『俳優に関する逆説』へ」と題した発表を行った。そこでは『私生児』における父の不在と作品の入れ子構造の分析から説き起こし、ディドロの演劇論における不在のパラダイムを剔出した。また、同年12月にブリュッセルで行われた「美学における他なる感官」と題されたセミナーで「盲人のごとく見る:ディドロ「手探り」の詩学」として「盲目」概念と「手探り」概念がディドロ詩学のなかでいかに機能しているかを論じた。最後に、2022年3月にオンラインで行われた国際啓蒙研究セミナーでは「亡霊体:ディドロの理想的モデル論」として、本年度の研究全体を総括する内容の発表を行った。
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