研究課題/領域番号 |
19J23178
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
板谷 昌輝 山形大学, 大学院理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 非平衡 / 自己組織化 / 反応拡散 / パターン形成 |
研究実績の概要 |
本研究は、自然界の非平衡空間 (dS/t ≠ 0) において自己組織化的に形成される空間周期構造の形成機構の解明を目的としている。そのような自己組織化構造の化学モデルの一種に、リーゼガングパターン(LP)と呼ばれる離散的な沈殿パターンが存在する。LP形成は様々な素過程の競合により成立するため、各素過程の本質理解が困難であり、その形成機構の全貌解明には至っていない。その理由の一つに、従来のLPに関する研究では、沈殿形成に至るまでに結晶核形成を経由することが前提となっている点が挙げられる。しかしながら、自然界のLP類似構造形成では、核形成過程が必須条件ではないものも存在する。すなわち、LP形成機構の解明に向けては核形成を伴わない沈殿形成過程の理解が必須である。しかしながら、現在に至るまで同過程を実験的に再現した例はなく、その詳細は未解明である。以上の背景を踏まえ、本年度は核形成を伴わない反応系の一種である金属ナノ粒子の分散・凝集相転移用いた新奇LP形成系を構築し、その形成機構を解明することを目的とした。具体的に、弱酸性基を有する保護剤で表面修飾された金ナノ粒子を用いて、反応場のpH変化で凝集相転移が誘起される系をLP形成実験に応用した。その結果、金ナノ粒子濃度及びpH変化が一定の条件に達した際に、LP類似の周期構造が形成された。さらに、以上の結果を、Cahn-Hilliard式を反応拡散方程式に組み込んだ数値計算結果と比較したところ、実験・数値計算結果の双方の周期構造形成ダイナミクスが一致し、パターンの形成機構がプロトン化された金ナノ粒子の蓄積と不安定化により誘起される相分離ダイナミクスに支配されていることが明らかとなった。以上より、本年度は核形成を伴わないLP形成系の構築に成功し、実験・理論の双方の解析から、その形成機構が相分離機構に従うことを実証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、核形成を経由しない相転移過程に基づくLP形成機構を実験・理論の双方からのアプローチにより解明することを目的とした。そこでまず、アルカンチオールを持つカルボン酸により表面修飾された金ナノ粒子が示すpH誘起凝集相転移を用いて実験モデル系の構築を行った。具体的な実験方法として、金ナノ粒子含有アガロースゲルに外部から塩酸を接触することで、ゲル内へのH+拡散及びナノ粒子表面のプロトン化に伴う分散斥力の低下により、凝集相転移を誘起した。結果として、塩酸と金ナノ粒子濃度の組合せが、ある一定値でのみ、凝集体が密な領域と疎な領域が交互離散的に生じるLP類似構造が形成された。加えて、得られた離散パターン形成の経時変化を追跡したところ、H+拡散に伴い系内全体に不安定なプロトン化粒子が形成された後、それらが相分離的に凝集・非凝集相に分離することでパターンが形成されていた。さらに、得られたパターンの空間波長を画像解析により解析したところ、得られた構造はLP特有の等比級数的な空間波長変化を示し、その波長が粒子及び塩酸濃度に依存して変化することも明らかとなった。 以上の実験結果で見られたパターン形成機構を詳細に解析すべく、相転移・相分離によるパターン形成をシミュレーション可能なCahn-Hilliard式を、反応拡散方程式に組み込んだ数値計算を行った。その結果、実験で得られたダイナミクスと同様の挙動が確認され、金ナノ粒子のpH誘起凝集を用いたLP形成が相分離的に進行することが明確となった。更に、上記同様の空間波長の反応基質濃度依存性が確認され、その原理についても数値計算において明確化することに成功した。以上の結果より、本研究はこれまでほとんど報告例がない核形成を伴わないLP形成系の実験系構築に成功し、その形成機構についても実験・理論の双方の融合アプローチにより明確化した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度はおおむね計画通りに研究が遂行できたため、最終年度である2021年度は計画通り、これまでの2年間で得られたLP形成機構の知見を自然界で見られる類似パターン形成機構解明へと拡張する研究を行う。具体的には、ボロノイ図と呼ばれる幾何学構造の形成機構解明を目指す。また、ボロノイ図は昆虫の翅構造や細胞集団パターンなどにみられ、生命システムの機能性発現・維持において重要である。従って、本研究では当初の計画通りの自然界への拡張を目指した基礎研究的視点のみならず、ボロノイ図を模倣した新奇材料創生を目指す応用研究についても付加的に遂行する。ボロノイ図はLP形成実験手法を応用して、反応基質(例えば電解質や重合開始剤)を含むゲル膜上にゲル内の反応基質を含む液滴を複数の箇所に滴下することで形成できる。このような実験的手法の類似性から、リーゼガングパターンの形成機構とボロノイ図の形成機構の対比・議論が行われていたものの、現時点でそれらの詳細な関連性は未解明である。そこで研究の第一段階として、実験的に形成されるボロノイ図の空間波長や形成ダイナミクスの制御性を反応基質の種類、濃度、液滴間距離、密度などにより明らかとする。同時に、申請者がこれまでにLP形成機構解明に向けて効率的に活用してきた反応拡散方程式を用いた数値計算手法を組み合わせることで、制御機構を明確化する。以上の成果を基に、既報の生物学的研究から明らかとなっているボロノイ図形成機構と対比・議論することで自然界のボロノイ図形成機構解明を目指す。更に、上記の実験で解明した制御機構と材料特性を組み合わせることで、生物が示す高機能性を構造の観点から模倣した高機能材料の創生を目指した研究を行う。特に、構造の堅牢性の観点から得られたボロノイ図ゲル膜の引張強度や曲げ強度などの機械的特性に着目した評価を行う。
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